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「お前が俺を信用できないって言うなら、これで俺を切れ。痛めつけて人間の本性を見ないと安心できないって言うんなら、いくらでも見せてやる。まあ、俺の中身なんて、そんなに面白いものじゃないと思うけど」
その言葉によってついに堰を切ったリズレッドが、叱咤を超えた怒号を放つ。それに追随するように、アミュレも。
「ラビ、なにを言っているんだ! そんな行為に意味などない。それはただの――愚かな行為だぞ!」
「そうです! 僧侶としても、そして人としても……無闇な自傷行為を許すことなんてできません!」
ふたりの心配が痛いほど伝わってくる。だけど、
「……ありがとう、ふたりとも。だけどこれは、俺と鏡花の問題だ。少し黙っていてくれ」
意味のない行為でもなければ、無闇でもない。
鏡花が――幼い少女が父親に裏切られてもなお人を信じるために、たとえ歪んだ状態だとしても必死に手繰り寄せた方法がこれなんだ。そして俺は、そんな彼女を勧誘して引き入れた、このパーティのリーダーだ。だったら相手の方法論に合わせるのも、責務の内ということだ。
「早くしろ鏡花。いつミノタウロスが戻ってくるかわからないんだ」
「……」
鏡花は手渡されたナイフと俺とを交互に見やり、そして言った。
「――馬鹿な方」
そして、一閃。
近距離では刃筋すら視認することが難しい剣士の一振りが襲う。
「――っつ」
激痛に備えて奥歯を噛みしめる。
さすがに死にはしないだろうけど、それでもいままの人生で感じた痛みの最上位がこれから襲ってくるのは必死だ。啖呵を切った手前、激痛で情けなくのたうち回るようなことだけは避けたかった。
――だけど、待ち構えていた痛みは、いつまで経ってもこなくて。
「……?」
恐る恐る胴体を見ると、そこには血どころか切り傷のひとつすらない。
服が少しばかり切れているが、ただそれだけだった。
「……加減する必要なんて、ないんだぞ」
彼女が瞬間的に手を抜いたのだと理解した俺は、恐る恐るそう告げた。
こちらとて、半端な覚悟で鏡花にナイフを渡したわけではない。慈悲でしこりの残ったままこのパーティに残されるのは不本意だ。
できるだけ毅然に振る舞ったつもりの瞳で鏡花を見ると、彼女は水平にナイフを振り抜いた体制を解きつつ、ふう、とひとつ嘆息した。
「……やっぱり、上手くいきませんわね」
「……?」
「あなたの言う通り、いままで補助動作に頼って剣を振るっていたのが仇となりましたわ。こんな至近距離でも刃幅を見誤るなんて」
そう言って、手にしたナイフを意地の悪い相手でも見るような目つきで睨む。
だけどむろん、それは彼女がいま精一杯に繕ってくれた言い訳なのは明白で。こんな消化不良のまま終えたくない俺は、
「だめだ! こんな状態でお前の気持ちを宙づりにしておくなんてできない! やれよ、覚悟ならとっくにできてる!」
そう言い凄むと、鏡花は、もう我慢できないとでも言うように息を吐き出すと、そのまま笑い始めた。
「ぷっ……あはははは! 覚悟ができている? その足でですか?」
口に手をやりながらも笑い続ける鏡花が、震える手で俺の足を指差した。そこには情けなく小刻みに震える足が二本。
「――あ」
「全く、威勢を放つのなら全身に徹底させて欲しいですわね。それに――」
「それに?」
「――それに、あなたは私をどう思っているんですの? 理解しているようで、全然わかってないんですのね。私はただの快楽殺人者ではありませんわ。無抵抗の人間を斬ったところで、それで相手となにを分かり合えると言うのです?」
「……それは、確かにそうだけど」
とは言えあの場面で俺に考えつく方法なんて、これしかなかったのも事実で。
けれど口調とは裏腹に、鏡花の表情は柔らかかった。さっきまでの張り詰めた空気は消えて失せ……というよりも、いままで見たなかで、一番無防備な鏡花が、そこにはいた。
「でしょう? 一方的な暴力行為は、私の最も嫌いとするところ。私が望むのは、その人本人への攻撃ではなく、相手がかぶっている仮面ですわ」
「いや、だから、その仮面を壊すために攻撃してもらおうと……」
「必要ないですわ」
「?」
「……ですから、必要ないと言ったのです」
そう言って彼女は、踵を返して背を向けた。まるで正面切ってこちらを見るのが、なにかとても恥ずかしいことのように。
少しの間断ののち、鏡花は言い澱みながらも、たどたどしく言った。
「あなたの本当の顔が……いまのでほんの少しですが、見えた気がしましたわ」
「俺の本当の顔……?」
「優男に見えて、実は意固地で頑固。自分がそうと決めたら、周りの人間なんて気にせず突っ走る。そういった性分でしょう、あなた?」
少し離れたところにいるリズレッドとアミュレが同時に頷くのが見えた。
なんだかすっかりひとりだけ悪者になったような居心地の悪さに、唇を尖らせて抗議しようとしたとき、
「でも、それで助けられる人間も……きっと沢山いるのでしょうね。でなければ、そんな性分の者にこれほど仲間は集まらない」
再びふたりが首肯する。
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