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 その思いと共に、さらに強引に彼女の手を引いて、後ろに控えるリズレッドとアミュレのもとまで連れてくる。

 性格を置いておくとして、見た目は華奢な鏡花だ。それに抗うこともなく、たたらを踏みながら誘導されるがまま、俺たち三人の中央に立たされる。彼女は状況に困惑したようにその場に立ちすくんで、


「い、一体なんですの?」


 動揺の残影が残るたどたどしさでそう抗議されるが、すかさず返した。


「お前は俺のパーティの大切な仲間だ。だからひとりで先行して進むことは許さない。力不足だろうけど、このパーティのリーダーは俺なんだから、危険な道は俺が先に進む」

「急に威勢を張って――牛人に当てられでもしたのかしら?」

「かもな。でも、それはそっちも同じだろ?」

「っ」

「たしかに一悶着はあったけど、いまはもう、お前は俺の大切な仲間なんだ。俺はお前を助けるためだったら、どんな危険にだって飛び込む。そしてそれはリズレッドやアミュレだって同じだ。だからもっと、気楽になれよ」

「それは……」


 わかってる。そんな安っぽい言葉で人を信じられるなら、鏡花はこうはなっていない。『大切な仲間』だの『絆』だのは、美談のなかで多く語られる言葉で、確かに耳触りが良い。だけどそれはこの前考えたように、簡単に実現できないから尊く扱われる言葉で、出会って間もない俺が鏡花に語っても、白々しくて寒いだけだ。


 だけどそれでも、信じて欲しかった。

 父親から裏切られ、妹だけに信頼を置いて生きてきた彼女が、初めて他人とパーティを組んだ。その意味を受け止めて、いま俺にできることを精一杯模索した。

 そして、


「――だよな。じゃあ、これならどうだ?」


 そう告げると、心のなかでスキルの名前を呟いた。システムがそれを感知し、性急にその効果を俺に付与する。

 ――本物の『痛み』をアバターであるラビに与えてくれる、『トリガー』の効果を。


「ラビ!?」

「ぐッ……ごめんリズレッド。すぐ済むから」


 慌てるリズレッドに、半ば不意打ちのように口付けをする。

『トリガー』の効果発動とともにジャミングでも喰らったかのように混濁していく意識が、それではっきりと明瞭になった。


「きっきききき、君は皆の前でそういう――ッ! というか、『トリガー』は使うなとあれほど!」


 真っ赤になりながら思考が回らない頭で叫ぶリズレッドに片手を上げて非礼を詫びて、そのまま今度は鏡花に向き直った。


「いまリズレッドが言ったように、これが『トリガー』を発動させた状態だ。別に、どこが変わったってわけでもないけどな」

「これが……いえ、それよりも、どうしていま……?」

「それは……こうするためだ」


 俺はそう言って、バッグに格納していたナイフを取り出す。これだけではとても魔物とは戦えない。薬草の採取や魔物ほどではない木っ端の盗賊なんかに襲われたときに、主武器でうっかり殺してしまわないように携帯している護身用の武器だ。


 俺は迷宮のランプの灯で鋭利に光るその刀身をきつと見たあと、息を呑み込んで意を決したあと、刃先に指を滑らせた。


「っツ」


 途端、走るのは切り裂かれた皮膚が開き、そこから零れる体内を巡っていた血と冷えた外気が接触する、独特の熱さ。そして、痛み。


「ラビ、なにを!?」


 後ろから悲鳴のようなリズレッドの叫びが響いた。戦場で幾度となく、これよりも酷い怪我を負った同僚や、自分を見てきただろうに。


「大丈夫だリズレッド。さすがにこの程度の傷で死んだりはしない」

「そういう問題ではないだろう! アミュレ、いそいで癒術を……!」


 瞠目する彼女は傍に立つ少女に、半ば懇願するかのようにヒールの発動を願い出た。だけど俺は、それを片手を上げることで静止させた。すでに発動準備に入っていたアミュレが、意味がわからないと言いたげな表情でこちらを見やる。それに対して、笑顔を作ってふたりの不安を払拭する。


「――で、だ」


 そして再び鏡花へと振り返り、ずい、と刃を当てた指を彼女へ晒す。

 護身用とはいえナイフはナイフ。カッターなどで切るのとは違う、裂傷の痕からは生きていることを示す赤い血が、つぷりつぷりと珠になりながら指から流れ出ていた。それを見た鏡花は、なにかを察したように眉根を寄せながら訊いてきた。


「……あなた、もしかしてマゾヒストだったのかしら? おかしいですわね、私の見立てが外れたことなどないのですが……」

「違うって。俺は別に、そういうことを言いたいんじゃない」

「ではどうして自傷行為を? そういう類のものは弔花で見慣れてますが、それは理由あってのこと。理由なく自分を害するなんて、それこそ変人ですわよ」

「ひどい言われようだな。……でもまあいいか。とにかく、俺はお前にわかって欲しかっただけだ。『トリガー』を使った状態が、一体どうなるのかってことを」

「……そんなこと、あの夜の日に、とっくに……」

「ん? なにか言ったか?」

「っ、な、なんでもないですわ! それで、私にそれを示して……それからどうするつもりです?」


 勿体ぶって焦らされることに嫌悪感を示し、即答即解の鏡花はただ抗議を口にする。そんな彼女に、とある物を差し出した。冷えた刀身をつまんで持ち、柄を相手に向けて持つように促すそれは――さっき、この指を切り裂いたナイフだ。

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