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 俺はアドの心遣いに感謝した。やはりこういうときに年配者の言葉はなによりも頼りになる。まさか出掛けの付術師にこんな相談をするとは思わなかったが、これも自身の祖母を紹介してくれたロズのおかげである。そう思い、隣で話を訊いていたギルド職員の彼女にも頭を下げた。


 だがロズは心なしか、浮かない表情で笑顔を作りながら「ラビ様のお役に立てて良かったです」と応えるだけだった。


「? ロズさん、体調でも……いたッ!?」


 心配になり声をかけようとしたら、隣にいるアミュレにふとももを捻られて静止された。


「ラビさん、それは鈍感に過ぎます」


 しかも怒られた。理由はわからないが、女性同士にしかわからない感覚的なものがあるのかもしれない。こういう場合、男の俺がどう推測しても仮説にしかならないので、素直に従うのが正解だろう。


 空気を払拭するため、アドに向き直ると、ここに来た最大の目的へと話を戻した。

 《ナイトレイダー》から《ブラッディスタッフ》への能力移植の依頼だ。伴う対価はいくらほどになるのか。金欠パーティーの俺たちにとって、それが何よりも重要な点である。

 彼女は「ふむ」と短く言葉を放つと、二つの武器に指を這わせて考え込み、


「……ま、七万Gってとこかね」


 と、右手の指を五本、左手の指を二本立てて示してきた。

 先ほどの武器屋で売っておいた《インテリメガネ》《愚者のブーツ》で得た十九万Gから《ブラッディスタッフ》の購入金額を引き、手元にあるのは十万九千Gである。そこからさらにアドへの支払い分を引くと残るのは三万九千G。手持ちと合わせても五万そこそこが、俺の全財産となる訳だ。


「わかりました、お願いします」


 元々寒い懐具合の温度がさらに下がるが、こればかりは仕方がない。武器がなければ戦闘職がここで生きていける道理はないのだ。俺は鞄からお金を出し、アドに渡した。


「うむ、確かに受け取ったよ。すぐに済むから、そこで待ってな」


 アドは二つの武器を持ち、奥の工房へと歩いていった。そこから先は付術師の秘中の秘なのだろう。日差しが差し込むこことは違い、扉の向こう側は薄暗く、窓ひとつないようだった。


 アドは客室と工房を区切る扉をくぐると、しっかりと扉を閉めた。ほどなくして奥でがさごそと物音が聞こえてくる。どうやら早速作業に取り掛かってくれたようだ。


 ……それから待つこと十分ほどして、彼女が工房から戻ってきた。両手には二つの武器を握られており、特別なにかが変わったという感じはしない。アビリティを譲渡したことでブラッディスタッフが黒く変色したりするのだろうかと考えていたが、先ほどと変わらない木の杖のままだった。


「付与成功だよ。ほれ、お前さんの新しい武器だ」

「ありがとうございます! ……あれ?」


 手渡された杖を持つと、不思議な違和感を覚えた。確かなことは言えないが、先ほどよりも作りがしっかりしているというか、握り心地が違う感覚があったのだ。アドは頬を掻きつつ目線を逸らして告げた。


「あー、なんだ……ついでに《耐久性:小》の能力も付けといたよ」


 《耐久性》はその名の通り、アイテムの耐久力を上げるアビリティだったはずだ。俺は驚きの声を上げた。


「え、いいんですか? それ自体、結構な価値のある能力ですよね?」

「……気になさんな。付与材料には日持ちしないものもあってね。ここで使わなきゃ駄目にしてたところさ。だったら未来のお得意様に媚を売る方が得策だろう?」


 そう言ってひらひらと手を振りながら、礼を言われるほどじゃないといった具合に言い捨てるアド。しかし俺はそんな彼女がおかしくて、つい笑いそうになってしまった。ここにきてまだ数十分だというのに、彼女の人となりはなんとなくわかった。きっとこれは照れ隠しなのだ。料金は値引きしないと断言しつつ、付与能力をサービスしてロズの一件のお礼をしてくれたのだろう。


「……ありがとうございます、アドさん」


 頭を下げて再び礼を言いつつ、二つの武器を腰に戻した。儀式の余波なのか、俺の身が発しているのかわからないが、握った武器から手の平へ、微かな熱が確かに伝わるのがわかった。


「さ、まだやることがあるんだろう? こんな所でゆっくりしていて良いのかい?」

「……そうですね。パートナーにも謝らないといけないし、そろそろお暇します。ロズさんはこれからどうしますか?」

「私は、もう少しここにいます。祖母ともまだ話しがしたいですし」

「そうですか……今日は本当にお世話になりました。また必ず、ギルドで会いましょう」


 そして俺とアミュレは、玄関まで送ってくれた二人に手を振りながら工房をあとにした。


 ――静かになった客室で、アドとロズは再び椅子に腰掛けた。先ほどまで賑やかだった工房は静寂の世界へと戻り、日差しが宙を漂うほこりを照らしていた。


「……ま、良い男だと思うよ」


 最初に口を開いたのはアドだった。カップを口に運びながら、十分に注意を払うようにして向かい合う孫へと言葉を発する。


「……でも、あれはもう駄目だね。勝ち目はないよ」

「……」

「お前が珍しく異性を連れてきたと思って私も驚いたけどね。でも、きっぱりと諦めるのも、良い女の条件さ」

「……はい」


 一筋の光の粒がロズの瞳からこぼれると、頬を伝って膝へと落ちた。

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