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「――やめろ」
彼女の行動は理解できる。そうしたいという気持ちも。
勇者が悪を討つのは当たり前のことだ。この都市の住人も、彼らがいなくなって悲しむ者などいないだろう。
けれど――このまま彼女を見過ごすことは、大きななにかを失うような気がした。
気づけば足が駆け出し、幾重にも重なる閃光のような撃の前へと身を呈していた。
リズレッドが目を見開き、急ブレーキをかけるように攻撃の手を止めた。
「ラビ、どけ……!」
「こいつらを殺すなら、まずは俺から殺せ」
「なにを言っている。そいつらは生きる資格もない奴らだ……! なぜそんな連中の盾になる……!!」
怒りの視線が一気に俺へと注がれた。俺だってきっと、彼女と同じ立場ならそうするだろう。
自分の家族や、友人を殺した相手の肩を持つ相手なんて、どんな言葉を用いても受け入れられるはずがない。
だけど、これだけは言いたかった。
「俺は、リズレッドにこんな殺しをして欲しくない」
「なに?」
「殺すな、なんてことは言わない。この世界で、それが無茶なことはよくわかってる。自分や仲間を守るために自分の手を汚すことは、仕方のないことだって」
「だったらそこを退け。私はそいつらを殺す。そいつらは、人が手を出してはいけない領域に踏み込んだ。放っておけば、世界が混乱に陥る」
「……ああ、そうだ。こいつらを放っておくことはできない。だけど俺は、リズレッドにこれ以上、こんなことをして欲しくない。……だから、」
息を整えて、はっきりと眼前の彼女を見た。
いまだ怒気のこもった瞳で射抜くように俺を見る、リズレッドを真正面から受け止めて、
「……だから、俺がこいつらを斬る」
そう告げた。
あのときから、これは覚悟していることだった。
あの夜、リズレッドが魔堕ちを屠ったとき、彼女は確かに泣いていた。
瞳から涙をこぼさず、心で、誰にも見られぬところで。
命の重さが軽いこの世界で、勇者の宿命を与えられることは、決して誉れ高いだけではない。そこには望まない命の選別も必要になってくるんだろう。殺したくない相手へ、心を砕いて剣を振り抜かなければいけないことも。
いまの彼女が殺しているのは、ジャスたちだけじゃない。
一振りごとに、
砕かれた心が治る前に、彼女はさらに自分の責務を全うしようとする。
壊れて、治して、砕かれて、修復して。――それを繰り返したあとに待っているのは、もう二度と元に戻らない、勇者という名の被り物を纏った、リズレッドだった虚無だ。
スカーレッド・ルナー。
それがエルダー神国での彼女の呼び名。戦場で英雄たる行動――悪を徹底的に殺しつくす戦乙女を演じた彼女を、みんなそう呼んだ。
したくもないことをさせて、それを讃えて持ち上げて、誰もが――彼女の心の死を賞賛した。
ふざけるな。
なんで誰も、リズレッドに手を差し伸べなかった。
勇者が必要だとしても、もっとマシな方法もあっただろう。
なんで彼女ひとりに、全部を押し付けるようなことをした。
――もしそれでも、彼女が剣を振るわなくちゃいないことがあったのなら、そのときは、俺も一緒に振るう。
その覚悟を、俺はここで、ようやく刻むことができた。
「もうリズレッドだけに重みを背負わせない。人を殺すってことがどういうことか、俺にもよくわかってる。それが堪え難いことだってことも。だから、君だけがそれを受けることを、放ってはおけない」
「――」
リズレッドの白剣が小さく揺れた。
さっきまでの
「――なんで、そこまでしてくれるんだ」
ようやく口を開いた彼女が、本当にわからないというように訊いてきた。
「君は召喚者だ。本来なら、この世界にはなんの関係もない人間だ。だというのに君は、あの男を……レオナスを手にかけてまで、私たちのために戦ってくれている。そしていまも。……なんでだ。なんでそこまで、してくれるんだ」
「そんな凄い理由なんてないよ。ただ自分の憧れる人が、たったひとりで戦うのを、黙って見てることはできないってだけでさ」
「……っ。つらいぞ。人を殺すのは。自分が許されない罪を背負ったという意識がずっと消えないのに、あろうことかその罪は、また同じ罪を呼ぶ。周りの期待や殺した相手からの怨恨が、次から次へと新たな血を呼び寄せる」
「ああ、わかってる。俺も夢で何度もあのときの光景を見て、うなされて起きる毎日だ」
「……それでも、一緒に来てくれるのか」
「こんな思いをリズレッドにだけさせて、バディだなんて名乗れないからな」
そうだ。レオナスを殺したあのときがフラッシュバックして、心臓が締め付けられるような、誰にも顔合わせなどできない下卑た人間になったような感覚を、この数ヶ月、嫌というほど味わった。
こんなものを、幼い頃から強制されていたリズレッドに、これ以上強いることなんてできない。
「お、お前ら……狂ってるのか」
後ろから、息も絶え絶えな男の悲鳴が聞こえた。
ジャスだった。
彼は地に伏せながら、かろうじて繋ぎ止めている命を軽々と斬り捨てようとする俺たちを仰ぎ、恐怖の瞳を向けていた。
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