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「俺が死にかけてるんだぞ! 俺が死にかけてるんだ!」
悲劇の主人公かのように、ジャスはわなわなと震えながら叫びを上げた。
俺のなかで、こいつに抱いていた興味が、急速に薄れていくのを感じた。
得体の知れない男。なにがあっても止まらないであろう、蛇のように獲物を狙い続ける、狡猾な男。
けれどその本性を暴けば、彼は誰よりも弱い人間だった。自分の行いを神の代行と称して、罪の意識から逃げ続けているだけだった。
甘い蜜だけを吸い続けたのだ。花を見つける労力は他人に丸投げして。
リズレッドが天に還ったエルフも、この場で斬り捨てたれた十二体の魔堕ちたちも、全てが彼に蜜を奪われていた。
「ジャス……最後の手向けだ。お前にチャンスをやる」
それが酷薄な言葉だということは、よくわかっていた。
けれど命を奪うのなら、このスキルを使うのが一番の適任だと思った。
心のなかで『罪滅ボシ』の発動を宣言するとともに、杖が漆黒の炎を纏った。
「お前が裁かれるべきかどうかを、お前自身が決めるんだ。ここまで歩んできた、その行いで」
「ひっ」
「お前の罪が軽いものなら、この黒炎はお前の命までは奪わないだろう。けれどもし、そうでないときは――」
「たっ、助けてくれ! 助けてくれ! 頼むから!」
「この答えは、お前の人生に訊いてみろ」
断罪の剣を振り上げた。
訊いて返ってくる答えなどわかりきっているのに、最後の慈悲をこいてみろと告げる自分自身が、とても冷淡な人間のような気がした。
そのとき、
「勝手にそれを消されては困るな」
声が響いた。
いぶる業火も吹く海風も関係なく、凛と澄まされた静謐な声が耳に届いた。
声はさらに言葉を続け、
「『グレーター・アイスエッジ』」
呪文の発動を宣言した。
一瞬にして空気が変わった。大気が凍り、しんと静まりかえったような錯覚を覚える。
それは上空で起こっていた。
見上げれば、連なる倉庫の屋根の上から、こちらを見下ろす影がふたつ。
全身にローブを纏った仮面の術者と、その隣に付き従うように立つ男。
「ッ不味い! 避けろラビッ!」
リズレッドの警鐘で我に返り、振り上げた『罪滅ボシ』をそのままに、急いで後ろへと飛び退った。
それが明暗を分けた。
さっきまで俺が立っていた場所に、凄まじい勢いで氷の刃が襲いかかった。ほとんと発射と着弾が同時だった。
後ろへ飛んだ次の瞬間には、目の前に巨大で、恐ろしい凍てつきを放つ凶刃が深々と地面へと突き刺さっていた。
上位魔法である『グレーター』の名を冠する魔法が、俺の命を狙って放たれたのだと遅れて気づいた。
「この都市にこれほどの使い手が……っ!?」
驚愕を告げるリズレッドの声が、途中で遮られた。
次には金属同士の激しい衝突音が鳴り響き、俺は着地と同時にそちらへ目を向けた。
「……」
そこには、さっきまで仮面の魔道士の横に立っていた男が、リズレッドと正面から対峙していた。
剣で鍔迫り合いを行いながら、凄まじい剣迫を放つ一方で、言葉は一言も放たず寡黙。まるで彼自身すら、剣の一部かのような錯覚を覚えた。
ぞ、と背筋が氷の塊を当てられたかのように総毛立った。
強い。
ジャスやパイルとは違う。レベル30やそこらの、生易しい強さではない。
「『飛剣・風斬り』」
男が告げた。
激しい鍔迫り合いから一転、解放された刀剣が、するどい煌めきを放って半月を描きリズレッドを襲う。
だが彼女もそれを安々と受けるほど優しくはない。あらかじめそれを読んでいたかの如く、男が身を退いたと同時に白剣を真横に立てて剣技を防いだ。
再度、夜の倉庫街にけたたましい剣戟音が響く。
「……ふむ」
「ぐ、……なんだ、この男の力は」
防御には成功したものの、威力を完全に殺しきれずにリズレッドの体が徐々に押される。
魔物でもないただの人に。それが、彼のレベルの高さを雄弁と物語っていた。
「リズレッド……! いま援護を――」
「君の相手は、僕がしよう」
加勢に加わろうとしたとき、上空から再び声と、そして幾多もの氷のつぶてが降り注いだ。
「『アイスレイン』――本来は足止め程度の魔法だが、君程度ならこれで十分だ」
「……ッ! 舐めるな!」
杖を構えて『ファイア』と『灼炎剣』を混合する。
ふたつの熱量が混ざり合い、互いに相乗して光の刃を造る。
目標は上空から降り注ぐ、数えきれないほどの氷塊の群。
ひとつひとつを視認して撃ち落せないのなら、ひとまとめに振り払うだけだ。
轟々と熱を発する大剣の刃を構え、勢いよく斬りつけた。果たして魔術師の作り出した魔法は、斬撃でも受けたかのように俺に着弾する前に宙空で溶けて蒸発した。
「――ほう。その魔法……いや、武技か? どちらにせよ、初めて見るものだ。 誰から継承した? どうやって? どこで?」
「お前に教える義理はない。お前の魔法は、全て俺が落とす。たとえ上位魔法だろうと」
「魔法に自身ありか。確かに杖を持っているが、その戦闘スタイルは戦士のものだ。いびつな存在だな、君は」
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