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『お前……こんなことをしてなんとも思わないのか!? 儂は人間だぞ。その儂の腕をこんな……ああ、腕が灼けるようだ……! おいそこの人形、とっと儂に癒術をかけんか! なにをぼさっとしておる!』
「……お前がアミュレにそれを言うのか。お前は……アミュレだけじゃなくて、他のネイティブにも、同じようなことをしてきたんだろう」
『儂は人間で、ネイティブは人形だ! どんなときでも儂を最優先するのが当然であろうが!』
罵声を浴びたアミュレが、愕然とした視線を投げているのが見えた。
召喚者とネイティブは、バディというシステムが上手く機能しているおかげで、今日まで大きな仲違いを起こすことなく歩んでこれた。
互いが必要な相手と認識することで、鏡花のように『人間』と認識でいないまでも、パートナーとしての意識を持つことができていたのだ。
だがこいつには、それが全くなかった。
バディというシステムもなく、元開発者という絶対的な支配意識がそれを阻んでいた。
いや……もしかしたらこいつには、他人を許容する器がそもそもなかったのかもしれない。
だけどそんなことはどうでもいい。
俺は込み上がる怒りをなるべく沈めながら、言った。
「アミュレは人間だ。この世界に、作り物なんて何一つない。そうでも俺の仲間を侮辱するのなら……俺は今度こそお前を、許さない」
『狂ってる……狂ってるぞ。人の腕を切り落としておきながら、AIに肩入れするなど……この犯罪者が! 儂やあいつや、そこの裏切り者よりも、お前のほうがよほど社会不適格合者だ!』
そこの裏切り者。
そう言い捨てて一瞥した先には、ひとりの剣士の姿があった。
ボロボロになりながらも俺たちを守ってくれた、鏡花を見て、奴は侮蔑の言葉を吐き捨てたのだ。
体が熱くなった。
「お前に鏡花のなにがわかる! あいつは俺たちのことを必死で守ってくれた。あいつは裏切り者でも社会不適格合者でもない。あいつはただ――この世界を、どう生きればいいか迷ってただけだ!」
『……ッ』
啖呵を切る俺を見て、遠くの鏡花が笑った。
穏やかさのなかに感嘆さを残すような笑みだった。
◇
「やっぱり……悔しいですわね」
「え?」
横のアミュレが訊き返した。
「私は結局、守られてしまった。誰にも負けない力を手に入れようとして、それも道半ばで違うとわかって……そしてあの迷宮の主に挑んだものの、遠く及ばず……」
「……ラビさんは、きっとそんな風には思っていません。鏡花さんと決闘をする直前なんて、こちらに伝わるほど緊張していたんですから。それに、鏡花さんがミノタウロスの視界をひとつ潰してくれたおかげで、ラビさんもあそこまで優位に戦えているんだと思います」
「……」
そのとき、鏡花の瞳から涙がひとつ溢れた。
アミュレが言っていることが真実だと、なぜかすんなり理解できた自分が信じられず、そしてそれが嬉しかった。
「私はまだまだ強くなりますわ。……そしていつか、再びラビに再戦します」
「それは……」
彼にとっては、気苦労がまたひとつ増えたことを悟り、アミュレは苦笑いを浮かべる。
「そろそろ、行きますわ」
「え?」
「情けないですが、この戦いを見届けられるだけの精神力が、私にはもう残されてない。でもきっと彼なら大丈夫だと、心からそう思えますわ」
ゆっくりと目蓋を閉じていく鏡花を見て、横にいる癒術士の少女は優しい眼差しと声で告げた。
「はい、また上でお会いしましょう。きっと」
最後の最後、神の使いだけが視ることができる幻視の黄色い伝言板が出現する一瞬前に鏡花の目に映ったのは、狂ったように突進するミノタウロスを斬り伏せる――いまは届かぬ、憧れの英雄の姿だった。
◇
『儂が……儂がこの世界で一番の強者なのだ! ルールを乱すんじゃないクソガキがぁあああ!』
突如、今までで一番大きな雄叫びを上げた迷宮の王が、猛然と俺に突撃を繰り出してきた。
彼の人生全てを懸けた突進だった。
自分は強者で、それ以外は弱者。
そう思い込むことで世界を生き抜いてきた男の――それ以外の生き方を知らない人間の、最後の反抗だった。
『『疑神の一撃』ッ! 儂の全てがお前を殺すひとつの拳だ。お前が避けるなら、後ろにいる大切な仲間とやらを粉々にしてやるぞ!!』
どす黒い瘴気を全身に纏う姿は、地下深いこの迷宮の主を象徴しているだった。
なにも見えず、なにも見ない。
闇が全てを覆うこの世界で、二千年君臨し続けた主の一撃だ。
――だけどそれが、彼自身の限界だった。
「そんな真っ黒に染まった瞳でお前は……一体、どうやって俺を見るんだ」
戦う相手すら映せないほどに漆黒に染まった瞳、もうどこにあったのかさえわからない。
それでどうやって相手を……いや、戦いを見極めることができるんだ。
あいつは自分で、この場においても気付いていなかった。
全身全霊を謳って繰り出した攻撃の足さばき、体裁きの全てに、神が施した操りの糸が括りつけられていることに。
まるで予知能力のように、あいつの動作が見えた。
何歩目で自分と衝突するか。体重移動がどのタイミングでなされるか。突撃の最後の瞬間、主脚となるのはどちらか。
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