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視線が遠ざかるドラウグルの一点に集中した。
回避こそされたが奴のダメージは大きく、飛びすさるごとに体がボロボロと崩れるのが見えた。束縛を保てなくなったのか、王やリズレッドの父が、ほかのゾンビたちと共に剥がれて絨毯に落ちる。今度こそ偽りのない、本当の勝機なのは間違いないのだ。
なのに奴の槍は多段射出のように尚も続き、距離はどんどん離されていった。一定の間隔を取られれば、俺は再び肉鞭の驟雨に晒されるだろう。双眼は潰したが、その気になればゾンビの目を使用して、攻撃してくるはずだ。そうなれば終わりだ。俺は敗北し、リズレッドは二度と戻らない人となってしまう。そう思惟したとき、例えようのない辛さが胸を締め付けた。生まれて初めてと言ってもよい、悽愴な痛みだった。
リズレッド。そうか。俺は。
この土壇場で、俺は初めて自分の感情に気づいた。
俺はリズレッドが好きだった。人としてでも、ましてやNPCとしてでもない。一人の女性として彼女が好きだった。
ゲームのキャラクターに本気で恋をするなんて、間違っているだろうか。だが誰に笑われてもいい。それでも俺は彼女と一緒にいたいと思った。二人で未来へ進みたかった。
だが進むべき未来の前には、眼前には、醜悪な悪鬼が行く手を阻んでいる。
『ゲハハハハ! 覚悟しろクソガキがァ! お前を殺したあとは後ろの騎士だ! バラバラに分解したあと、俺の腹の中で飼ってやるッ!!』
「……ッツ!!」
力が欲しかった。
奴に追いつく力ではない。奴を倒し、その先でリズレッドと比肩する未来を勝ち取るための力が欲しかった。
俺はここにくるまで、ずっとそれを夢想していたのだ。剣を教えてもらうためとか、助けるために共に戦うとか、そんな言い訳をして、本当はただ、横に彼女の存在を感じていたいだけだった。自分の感情から目をそらして、この窮地でやっとそれに気づくとは、なんて馬鹿だ。だが、だからこそここで終われない。終わらせてたまるか。
その思いと呼応するように、首から下げたペンダントが揺れて、チェーンが音を立てた。
お前の覚悟は、この程度じゃないだろう。
そう言われたような気がした。
俺はそのとき、不思議な幻視をした。
ドラウグルと俺の間に、リズレッドが立っているのが見えたのだ。無論、彼女は後ろで倒れている。その姿は俺が作り出した幻に他ならない。しかしそれは、本物と見間違うほど俺の目にはっきりと映って、
――ラビ、手を。
そう訴えるように、白皙の手を伸ばしてきた。
俺はそれを見て、もう全力だと思っていた自分の足が、さらに力を増して前進するのを感じた。幻視でもなんでもいい、彼女に触れたかった。
精一杯走り、遠かった彼女の指にかすかに触れると、次はさらに腕を伸ばして、しっかりとそれを掴んだ。
すると彼女は、安堵したような微笑みと共に霧散して消えた。
代わりにピ、という電子音が鳴ると、
《リズレッドからスキルの継承を完了》
《《疾風迅雷 Lv1》を習得しました》
真っ白のメッセージウィンドウが、掴んだ手の中に現れてそう告げてきた。
(リズレッド……)
あの幻視は、ひょっとしたら本当に彼女だったのかもしれない。必死に奴に追いすがる俺を見て、リズレッドがなんらかの力を使い、力をくれたのだと、そう思った。
胸に熱いものが込み上げるのを感じ、それを起爆剤にするように、気勢を上げて叫んだ。
「……《疾風迅雷》ッ!!」
次の瞬間、張り上げた声が後ろに置き去りになった。音も、視界も、全てが凄絶な勢いで視認の外へと吹き飛び、耳に風鳴りが起こった。
励起された速度が脚へと宿り、疾風の如くドラウグルに迫る。
『なにぃぃいいい!?』
奴が驚愕の声を上げる。
慌てて槍の射出を行うが、疾さという一点において、今の俺は奴を完全に上回っていた。
「おおおおオオォォーーーーッツ!!!!」
バーニィが背中を押し、リズレッドが手を引いてくれたからこそ辿り着いた力だった。
未来を切り開く力。奴を倒し、その先へと進むための力。それが今の俺には宿っていた。
猛然と追いすがり、ついに奴を至近に捉える。思考まで高速化したのか、次弾の槍が飛び出すタイミングがわかり、それを交わして懐に入り込むと、力の限り叫んだ。
「これで終わりだァ!! ドラウグルーーッツ!!!!」
渾身の一刀を、ここまで連れてきてくれた二人への感謝と共に振るった。
ザシュゥウ!!
その一撃が悪鬼の首を、盛大に跳ね飛ばした。
俺たちの思いを乗せた刃が、今度こそ奴に届いたのだ。
『ァ……ガ……馬鹿……な……!?』
奴の首が宙を飛びながら、信じられないといったように呟く。
ガタンと、俺の胴体ほどの大きさの頭部が赤絨毯の上に落ちた。次いで本体が膝から崩れ落ち、床を揺らして倒れこむ。
巨体が消え、視界が奥まで通った。もう眼前に俺を遮るものはなく、激しい戦闘で割れた壁の隙間から、外が覗けた。薄白む空には星空が淡く瞬き、傾いた月が、俺の視線の高さに合わせてくれたように、真っ直ぐこちらを見ていた。
もう夜も明ける。真っ暗な夜空はその帳を上げ、明けの白さが月を包んでいた。
俺は首に近づき、奴を眼下に捉える。今まで散々高いところから見下ろされていた立場が、今は全くの逆となり、ドラウグルは潰れた瞳のまま俺を睨んでいた。
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