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「……俺の勝ちだ。ドラウグル」
『嘘だ……俺が……お前などに負けるはずがない……俺は……エルダーを統べる……不死の王……なのに……』
「……まだわからないのか」
『なに?』
「お前は弱い、ドラウグル。俺はお前と戦ったんじゃない。俺はエルダーの戦士たちと戦っていたんだ。お前が繰り出した鞭も、分厚い装甲も、槍も、全てはこの国で鍛錬を修めた人たちの肉体だ。お前はそれをただ借りていただけに過ぎない」
『違う。俺はエルダーの奴らを殺して配下にしたのだ。もとを辿れば、強者は俺だ』
「……嘘だな。お前に《罪滅ボシ》を防がれたときに、おかしいと思ったんだ」
『……どういう意味だ』
「……アモンデルトと戦ったときの威力は、あんなものじゃなかった。たとえガードされても、それを上回る攻撃力でお前を倒せるはずだったんだ。だがお前は、重症を負うだけだった」
『……』
「《罪滅ボシ》は、相手が今まで殺したネイティブの数に比例してダメージを倍加させる技だ。だから断言できる。お前はこの国で……いや、今まででネイティブを殺した数は、そこまで多くない」
『ッ』
「言ってやるよドラウグル。お前は盗人だ。他の誰かが殺した遺体を掠め取って、それで増やした配下に満足して、自分を王だと過信していた、ただの盗人だ」
『……クソ、今際の際に言いたい放題しやがって……せっかくアモンデルトが行方不明になって……俺がこの国を支配できると思ったのによ……』
「……同情はしないぞドラウグル。力のなさを姑息な方法で埋めようとしたツケだ。お前は地獄に落ちて、罪を償え」
『……うるせェな……まぁ……先に地獄に行って……お前たちを……待っていてやるか……』
「……なに?」
『魔王様が仰っていたぜ……天界の住人は……いずれ全員が……地獄へ落ちる……とな……グフッ』
「? 魔王が? おい、それはどういうことだ?」
俺の問いに奴は応えなかった。
最後の言葉で事切れた奴は、最後まで俺の胸に暗いものを残してこの世を去っていた。
EXP +9800
G +20000
アイテム 《愚者のブーツ》《醜悪な黒角》《???》獲得
LvUP 16 → 17
メッセージウィンドウが、ひっそりと俺の勝利を告げた。
緊張の糸が切れて、その場に倒れこみそうになるのをなんとか堪えた。まだ終わっていないのだ。ここからが本当の、一番重要なことなのだから。
頬をバシンと叩いて気合いを入れると、地に伏したドラウグルの胴体へ歩いた。檻から解放されたエルダーの亡骸たちは、一様に静観を決め込み、ここに来るまでの激戦が嘘のように大人しかった。
『……ァ……ウ……』
一人のゾンビが俺を見て、小さく呟いた。それが感謝であるのか、違う意図が含まれているのかはわからないが、不思議と敵意は感じなかった。早く彼らを天に還してやろう。今も悪鬼の体から、解放されたように無尽蔵に湧き出してくるゾンビたちを見てそう思った。
彼ら全てを斬る体力は俺にもリズレッドにも、もう残っていない。奴の体に収まっているうちに、もろとも斬るしかないのだ。大半のエルダー人はこの世を再び拝むことなく逝ってしまうことになるだろう。心が痛んだが、それでも奴に支配されたまま死ぬよりは、何倍もマシなはずだと自分に言い聞かせた。
「リズレッド、起きれるか?」
彼女のもとまで歩き、かしずいてそう告げた。
気づけば朝日がかすかに玉座の間を照らし初めていた。リズレッドはその陽を浴びて、綺麗な黄金の髪をきらきらと光らせながら眠っている。騎士というよりは、どこかのお姫様のようだった。
俺の声に反応し、彼女はぴくりと反応すると、ゆっくりと目蓋を開いた。
「ん……ラビ……」
「大丈夫か?」
「……うん、夢を見ていたよ」
「夢?」
「……ラビが私を追いかけてきてくれる夢だった。でも君の後ろは、どんどん崩れ落ちる床が迫っていた。私は咄嗟に手を伸ばして、君がそれを掴んでくれて、そこで……夢は終わった」
「……そうか、やっぱり」
「?」
「いや、なんでもない。それよりも……」
「……ああ、そうだな」
そう言うとリズレッドはドラウグルの亡骸を見て、言った。
「……ありがとう……君がやってくれたんだな……」
「いや、俺はなにもやってない。この国の悪夢はまだ終わっていない。それはこれから、リズレッドがやらなくちゃいけないんだ」
その言葉を聞き、リズレッドは唇を強く結んだあと、覚悟したように告げた。
「ああ、そうだな」
「立てるか?」
「ふふ、ありがとう。大丈夫だ」
上体を起こすと、俺と目線を合わせて彼女は淡く微笑んだ。
「……ありがとう。ラビには最後の最後まで、本当に世話になりっぱなしだったな」
吐息のかかるような距離だった。真正面から彼女の誠意を受け、思わず心臓が跳ね飛びそうになるのを抑えながら、平静を装って言った。
「覚悟しろよ? この借りは、これからしっかり返してもらうからな」
「はは、それは怖い」
そう言って立ち上がると、俺とリズレッドは悪鬼の亡骸の前で座す二人のゾンビのもとへ歩いた。
王とリズレッドの父の二人は、他のゾンビと同じくこちらを襲うような素ぶりは見せず、ただ沈黙して最後のときを待っていた。わずかに残った理性が、彼女の剣で解放されるのを静かに望んでいるようだった。
「父上……王……お待たせ……いたしました……」
その二人に対して、リズレッドは胸に手を当てて頭を下げた。
尊敬する二人に対してこれから自分がする行為を思い、リズレッドの声は震えていた。
『ア……アゥ……』
王はそんなリズレッドに、うめき声だというのに、何故かとても親しみのある声音で鳴いた。
それが騎士としの彼女に対する、最大限の賞賛だというのが俺にもわかる。リズレッドの頬に、つう、と一筋の涙が筋を立てるのが見えた。
「ルィール王よ。あなたのために剣を振るえて光栄でした。どうか安らかにお眠りください」
そう言って剣を掲げ、斬撃の姿勢を取るが、彼女はそこからぴたりと動かなくなった。
俺はなにも言うことができず、その姿を見守ることしかできない。わずかに湿った声が彼女から漏れる。
「っ……う……ぐ……なんでだ。なんで斬れないんだ……覚悟はしたはずなのに。この一瞬のためにラビは頑張ってくれたのに……なんでだ……っ」
「リズレッド……」
「ううぅ……自分が情けない……ここまで来て剣を振り下ろせないなんて……なんで私は……こんなに弱いんだ……っ」
悲痛の涙が頬を伝って床に落ちるのが見えた。自分を攻めるリズレッドに声をかけようとしたとき、リズレッドの父が、声にならぬ声を上げた。
『ア……ウ゛ゥ……』
「……父上……?」
『ア……アリ……ガト、ウ……』
「……っ!」
俺たちは同時に目をみはった。
それはおそらく、生涯を神に捧げた彼だから告げることを許された、最後の別れの言葉だった。
一瞬だけの奇跡が、俺の目の前で起きているのだ。
『イママデ……トテモ……シアワセ……ダッタ……』
「……はい。私もです。私も……幸せでしたっ! ……もっと恩返しがしたかった。まだまだ話したいことが山ほどあった。なのに私の……力のなさで……っ」
『イイ、ンダ……』
そう言うと、リズレッドの父は視線を俺に向けた。そして頭を小さく下げると、
『ムスメヲ……ヨロシク……オネガイ、シマス……』
そう告げてきた。
俺はその言葉の重みが胸に十分に染み込むのを待ってから、「はい」と応えた。彼は俺が召喚者だということを知っているのだろうか。こことは違う世界の人間であることを知ってなお、大切な人を俺に託してくれたのだろうか。
だがその問いは口には出さなかった。俺はこの場面において、ただの第三者だった。彼女と二人のゾンビだけが、国の終わりというこの舞台に立つことを許されるのだと思った。
「父上、王……私は必ず、エルフの国を再興します。いつか私がそちらに逝ったときは、胸を張ってあなた達に会いに行きます。だからどうか、見守っていてください」
父から別れの言葉を受け取ったリズレッドの声に、もう迷いはなかった。
涙はとめどなく流れ、震える手が剣を揺らすが、もう彼女は逃げなかった。
日が昇りはじめ、天窓から漏れた陽光が三人を照らした。そして、
「さようなら、今まで、本当にお世話になりました」
彼女は剣を振り下ろした。
二人のゾンビはその一刀により、ついに呪縛から解き放たれ、床に伏した。
《クエスト:『亡国の赫月騎』を達成しました》
メッセージウィンドウが、戦いの決着を俺に告げた。
そのとき不思議なことが起こった。
天から注がれる朝光が、スポットライトのようにリズレッドに集中したのだ。彼女も突然のできごとに驚き、体を硬直させている。
少しすると光はもとに戻り、彼女が驚きの声を上げた。
「これは……」
「大丈夫か? いまの光は一体……」
「……どうやら、クラスチェンジしたようだ」
「クラスチェンジ?」
「ああ、騎士(ナイト)から赫月騎へ……女神アスタリアが、そうお告げくださったのを感じたよ」
「アスタリア様が……。でも騎士(ナイト)は上級職じゃないのか? 神託された職業が変わることは、下級から上級になる以外はないって言ってたよな?」
「私もこんなことは初めてだ……。だが、先ほどまでの自分とは違う、生まれ変わったような感覚だ。仕えるべき主君を失った私に対する、女神様からのお慈悲なのかもしれないな」
「……そうか……たしかに、あの女神様ならそれくらいしてくれるかもな」
主君を失くしたリズレッドに残る騎士の称号は、彼女にとっては重荷になる。アスタリア様は、きっとそう考えたのだろう。
もっとも騎士に足が生えたようなリズレッドが、いきなり違うクラスにチェンジしたところで、その騎士道精神になんら変わりはないのだろうが。まあ、職業は職業、あくまでも気持ちの問題か。
そのあとは俺が他のゾンビたちを天に還した。リズレッドはその光景を、天に祈りを捧げながら見守る。
そして大方終わったところで、あることに気づいた。
「あれ、そういえば自分の職業を明かしてよかったのか?」
この世界の基本的タブーである自分の職業の開示を、彼女はあっさりと口にしていた。あまりに自然に話してくれたので、全く気づかなかったのだ。
俺に何度も注意したことを自分で破るとは、廉直なリズレッドらしくない。不思議に思いそう問うと、彼女は頬を染めてもじもじしながら、
「ラビには、もう何も隠す必要はないからな」
と告げてきた。
その瞳はとても信頼に満ちており、初めて会ったときの辛辣さが嘘のように、暖かな表情となっていた。
「……リズレッド」
「……さ、さあ! シャナたちを連れてシューノへ戻ろう! 言っておくが、ゾンビとなったエルダーの民は、城下町にまだ沢山いる。最後まで気を抜くなよ!」
照れ隠しのように威勢を放ち、くるりと反転して出口へ向かう彼女を俺は追った。
激戦を終えて静謐となった玉座の間が、そんな俺たちを見送る。
こうしてリズレッドの故郷であるエルダーは、悪鬼の手から解放されたのだった。
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