13

「それでは両者、構えて――」


 審判を名乗り出たリズレッドが、五メートルほど距離を取った俺たちの間で高々と右手を宙に掲げた。

 アミュレや弔花はすでに被害の及ばない遠方に避難している。古代図書館と違い、ここでは炎系のスキルを遺憾無く発揮できる。だから――


「――始めッ!」


 リズレッドが腕を勢いよく振り下ろし、後ろへと跳ぶ。

 舞台は整った。戦いの火蓋は切って落とされ、壇上に立つのは俺と鏡花。ここにいるのは――殺し合いに臨むふたりの決闘者。


 ――だから、初手から手を抜く気など、一切ない。


「『灼炎剣』――『ファイア』」


 武技と魔法の同時発動による複合魔剣が、手にしたブラッディスタッフに絡まり研ぎ澄まされ、一刀の光刃と化す。炎熱の光を放つ大剣は、その見た目とは裏腹に質量を持たない刀身ゆえに軽い。だからこそその特性を活かし、ここで更に畳み掛ける。


「『疾風迅雷』ッ!」


 接地した地面を蹴り上げて、増強された脚力がリムルガンドの景色を圧縮させる。

 五メートルの距離などもはやなんの意味もない。リズレッドから伝授され、鍛えられたこのスキルは、いままでどんな強敵との戦いにも俺に力を貸してくれた。だから今回も、その力を遺憾無く発揮させる。


 ――が、そのとき。前方の鏡花の口元が歪に引き上がる。


『――疾風迅雷』


 ……聞こえはしない。その声は風を切る音にかき消され、耳に届くにはあまりにも小さい、独り言ちる程度の声音だった。だけど動く唇の形が、放たれる威圧が、音などよりも雄弁に彼女の使用したスキルを俺に教えてくれて、


「ッ!」


 刹那、捉えていたはずの彼女の姿が視界から消えた。

 光刃は直前まで鏡花のいた地面を虚しく叩き、灼刀がリムルガンドの硬い岩盤を熔断にも似た形で粉砕した。


 空ぶった!


 初手が空を切った失望から畳み掛けるように、次の瞬間、僅かに背中に風を感じた。そして戦闘中に感じる、特有の痺れるような危機感も。

 急いで振り向くと、そこにはもう鏡花の太刀が目前まで迫っており、


「――――ッ、『ストライクブレイク』ッ!」


 本来ならば一点突破の突撃槍として使用する突貫特攻型のスキルである『ストライクブレイク』を、そのまま背後にいる鏡花とは反対の、前方へ向けて発動。

 ひゅん、という短い風斬り音が不気味に耳元を撫でた。


 それはスキルの発動とほぼ同時で、


「――あっぶねぇ!」


 咄嗟に数メートル先まで跳躍していなければ、確実にその音は、俺の頭部を烈斬する死の音に変わっていただろう。


 着地のため右足を地面に接着し、ざざ、という摩擦音が靴裏から響く。慣性力を殺すために体制を低くし、右手を地面に付ける。


「やっぱり鏡花は流石だ……! 想像してたより全然疾い!」


 確かに本気になったリズレッドには到底叶わないだろう。だけど現状の俺が出せる出力の速度を超えた力を、彼女は持っていて、


「残念ですが、『疾風迅雷』は私も得意ですの。監獄では密閉空間で疲労する機会もなかったけれど、ここでは存分にお見せできそうで嬉しいですわ」

「――ははっ」


 思わず笑みが溢れる。

 そうか、これが対人戦。これが召喚者と剣を交えるということか。


 日本という危険からはおよそ縁のない地に生まれて、同時期ににALAの世界へ渡り、死線のくぐり抜け方を学んだ者同士。いままでの修練を、同一スタートした相手と競い合えるということの高揚感。確かに鏡花じゃないが、PvPには魔物と戦うときとは違う楽しさがある。


「全く、そこまでの速度を出せるなんて、一体どれだけ熟練度を上げたんだ」


 スキルには個別に熟練度が存在している。

 それはスキルを使用すればするほど上昇していき、一定の水準を超えると効果が加算されるか、場合によっては全く違うスキルへと変質することもあるらしい。

 俺の『疾風迅雷』の熟練度は現在6。これでも積極的に使用して、リズレッドの教えの元で修練した自慢の技だ。――だが、


「どうだったかしら? グランドール騎士団を壊滅させたときは10くらいだったけれど、それ以降は面倒で確認しておりませんの」


 ――それは俺の目の前を、一瞬だが暗転させるには十分な破壊力を秘めた言葉だった。

 熟練度10……いまの俺のおよそ二倍のレベルを、数ヶ月前に強襲したグランドール騎士団戦のとき、すでに彼女は持っていた。では果たして今は、一体どれほどの……?


「ご希望とあればいま確認いたしますが、どうしますか?」

「……いや、いい。これ以上そんな絶望的なことを言われたら、ビジョンがブレそうだ」

「ビジョン?」

「……ああ」


 そう、俺だってこの三日間。ただ緊張のなか闇雲に剣を振るっていた訳じゃない。こんな苦戦は何度も想像していた。小対多の戦いを生き抜いてきた彼女にとって、手数を増やすスキルの熟練度が異様に成長していることなんて、予測していたことだ。……だからこそこの苦戦も、突破する術は考えてある。


「――お前を斃すビジョンだ」


 刀身の重みがない光刃を構えると、そのまま前方へと横薙ぎに振り抜く。ただし標準は水平にではなく角度をつけて地面へ。先ほど同様に岩盤を容赦なく砕く剣戟が、散弾のように鏡花へと襲いかかる。

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