37

 10Fセクションから11Fセクションへ続くはずの道の先で、彼女が指差す通路は綺麗に二つに分かれていた。右と左。どちらかが袋小路へと繋がる外れかもしれないし、どちらもそうなのかもしれない。

 ここで大人しく前回の通り一本道に戻るまで待つか、それともこの分岐路を選んで進むか。


「私はラビの判断に任せよう」


 先立って口を開いたのはリズレッドで、彼女は自身の運命を俺に委ねるとばかりにこちらを向き、薄く笑みを浮かべていた。


「いいのか?」

「というよりも、正解がわからないのだったらリーダーの判断を最優先にするのは当然だ。正直構造が組み変わる迷宮なんて聞いたことがないからな。下手な知識をもとに動いたらそれこそ危険だ」

「たしかに……迷宮学を修めたときも、こんな構造の攻略法は本に載っていませんでした。悔しいですが、私の力もここでは及びません」

「アミュレまで……。みんながそう言うなら俺だってリーダーとして責務を果たすけど……鏡花はいいのか?」

「……あなたには決断の際に最適解を導き出す運を持っていますわ。勝負勘、とも言えるのでしょうが……ともかく、こういう博打の場面では、あなたの判断が一番信用に足ります」


 早く決めろと言わんばかりにぶっきらぼうに言ってくる鏡花だが、その言葉には少しばかりの信頼も感じ取ることもできて、余計に肩の荷が重くなる。二択問題って苦手なんだよなあ。


「みんながそう言うなら、ここは代表して俺が決めさせてもらうよ」


 そう言って二つに分かれた道を正面に、腕を組んで考える。右か左か。はたまた立ち止まって一本道を待つか。……それとも、一旦ここは街へ帰還したほうが良いのか。だが迷っている時間はなく、狭い通路は四方の石壁と床が音を反響し合い、どこからともなく蠢く魔物の鳴き声を俺たちへと届けた。


「どちらでも構いませんが、早く決めてくださいませんこと? こんな狭いところで魔物に挟み撃ちにでも合えば、さすがにしのぎ切れるかわかりませんわよ」

「わかってるって! くそう、鏡花は気楽でいいよなぁ」


 だけど彼女の言う通りで、四人が動き回るスペースなどろくにないここで会敵などしたら、混戦になるのは必死だ。

 俺と鏡花は死んでも甦れるし、リズレッドも自分の身は自分で守れるだろう。だけどアミュレは別だ。盗賊は一対一の近接戦闘には不向きの職で、さらに撹乱や不意打ちもできないこの通路内では、真っ先に彼女が危険になる。そしてもし彼女になにかあれば、正直このパーティで無事に地上へ帰る通路を辿れる奴はいない。地図の通り戻っても、どこかで構造の組み替えが起こっていたらそこでお終いなのだ。


 等間隔で設けられた光石の頼りない明かりが、ぼうっと俺たちを照らす。まるでそれは、これから始末する生贄を品定めするためのライトアップだ。

 ――だが、そこで。


「そうか……さっきアミュレが言ったことが正しいなら――」


 ふと思い至った打開策を敢行すべく、左右両方の通路に立って耳を澄ませた。お互いの音が混ざらないよう、片耳を塞いで一方から響いてくる魔物の呻きだけに注意する。


「あの、ラビさん……なにを?」


 唐突に自分の名を出させたアミュレが困惑するように問いかけてきた。俺はそんな彼女に手をかざして、少しだけ集中する時間をもらう。――そして、結論は。


「……左だ。左の通路に進もう」


 三人が一斉に眉をひそめて疑問をあらわにする。


「よく考えれば、簡単なことだったんだ。さっきアミュレが教えてくれたろ? 迷宮の奥から、魔物が発生し続けているようだって」

「……あっ」


 そこでアミュレが声を上げて得心を得たように目を見開く。

 そう。迷宮の奥から次々と魔物が湧き出しているなら、必然的にその呻きを辿れば、深部へと辿り着く。正直そんな自殺行為みたいな真似はしたくないが、迷宮内の調査と地図を作成するのが今回の役目なのだから、それも仕方のないことだ。


 鏡花も同じくなにを言わんとしているかを察したようで、さっきまでの疑念の表情は消え去っていた。ただ一人、リズレッドだけが取り残されたように未だ眉根を寄せており、解答をいまかと待ち望んでいるようで、そこで少し悪戯心が湧く。


「ふたりとも納得してくれたみだいだけど……リズレッドはどうだ?」

「っ!?」


 びくりと肩を震わせるリズレッド。

 ……図星を突かれた人間の模範例として、教科書に載せたいくらいの動揺ぶりだ。


「は、恥ずかしいが私は迷宮は専門外なんだ。その、暗くて狭いところは……どうも苦手で、な……」


 ああ、そういえば前にエルダー神国を攻略しているときも、民家の隠し地下室を降ってるとき異様に怖がってたもんなあ。暗くて狭いところ……というよりも、そこに付随する幽霊の類が苦手なんだろう。


「……グールは平気なのにな」


 ぼそっとそう呟くと、核心を知られたことを理解したリズレッドが耳の先まで真っ赤にしながら猛抗議を発してきた。


「グ、グールは物理攻撃で対処できるだろうが! 私は攻撃を無力化する相手に対して特別に警戒するという、剣士として当たり前の感覚を持っているだけだ!」


 うんうん。わかるわかる。洋画系のモンスターよりも邦画系の幽霊のほうが怖いという感覚は、日本人としては共感できる部分だ。実際、洋画のモンスターって重火器とかでよく一掃されてるしな。対処方法もわからず、結局退治できずに終わることが多い邦画の幽霊のほうが厄介で、心に後を引く。

 というか、相手が物理で殴れる相手なら怖くないと豪語する彼女に、少しだけ笑ってしまった。見た目に反してなかなかの脳筋ぶりで、それでこそ後衛職の俺を近接でなんとか物になるほど鍛えてくれた師匠だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る