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 言われのない性を格付けされて、さすがに抗議した。そういえばこいつ、前に人はサディストとマゾヒストのどちらかに分類されるって言ってたな。きっと日常生活で相手がどちら側の人間か、無意識のうちに判定する癖があるんだろう。そしていま、俺はめでたく鏡花と同じサディスト側の人間と判定されたというわけだ。……別にマゾヒストのほうが良かったというわけではないが、ノーマルという選択肢はないのだろうか。


「ふたりとも、会話はそろそろ切り上げてくれ。そろそろ出発したい」


 見かねたリズレッドが会話に割って入り立ち上がる。これから進む通路の先を見据えて、


「アミュレが妙な胸騒ぎがすると言っていてな。どうも魔物の行動が活発になっているらしい」

「……どういうことだ?」


 俺の問いかけを、アミュレが引き継ぐ。


「二日前よりも明らかに魔物の数が増えているんです。迷宮の複雑な構造のせいでいまいち気配探知が上手く働かないのですが、総数くらいはおおよそ把握できます。まだ対象できる範囲ですが……一箇所に留まり続けるのは、あまり得策ではないかと」

「やっぱり、迷宮に俺たちが踏み入ったから魔物の勢力図が変わったのか」

「……というよりも、本来の迷宮のあるべき姿に戻りつつある……といったほうが良いかと」

「というと?」

「断言はできませんが、全体の総量が一気に増えているということは自然発生ではないとうことです。迷宮が侵入者を阻むために、本来の機能を行使しているとしか……」

「……それは、妙だな。ここは元々ドルイドたちが作った施設で、本当ならただの古代の書物を保存する保管庫だろ? 長い間手入れされてなかったせいで瘴気が溜まって魔物が発生したっていうならわかるけど、それじゃあ迷宮自体が俺たちを敵視しているってことになる」

「正直、マミーと遭遇した時点で疑問に思うべきでした。なぜただの図書館でしかないはずのここに、迎撃装置であるマミーが配置されていたのか……」


 悔やむように顔をしかめる彼女に、リズレッドがすかさずフォローを入れる。


「それは仕方ないだろう。マミーは人間が意図的に作り出せる魔物の代表格のような存在だ。瘴気の濃い地下に呪具とともに討伐した人型の魔物を封印すれば、勝手に出来上がる。もっとも、人が魔物を作りだすなんて真似は神の意向に反するから、今日では多くの国で禁止されているが……こういった古代の迷宮は、その範疇にはない」

「……ありがとうございます。ともかく、魔物の数が当初よりも格段に増えているのだけは確かです。ですから一箇所に留まる時間は、なるべく少ないほうが良いです」

「了解した。そうとわかればすぐに出発しよう。鏡花を加えたこのパーティなら、もしかしたら今日中に一層のマッピングを完了できるかもしれない」


 鏡花の覗く全員が各々と目線を交わらせ、古代図書館攻略の意思を固める。


「調査隊も俺たちが一層を地図化しないと、入ってもこれないからなあ」


 それはきっと俺たちへの、フランキスカなりの礼なんだろう。本来なら、要塞都市に属す兵団を総動員させればそれで済む話だ。いくら未開の迷宮でそこに魔物が跋扈していようとも、さすがに百人単位の中隊を組めば攻略できない。けれどそれをせずに先鞭調査のクエストを発注してくれたのは、メフィアスを討伐して街を救った俺たちにエデンの情報を提供するため。こちらとしてはリズレッドと再開したいがためにやっただけなのだが、ご厚意に預かれるならそれに越したことはない。とはいえ、いつまでも悠長に待ってくれるほど余裕があるわけでもない。古代図書館に入って一週間。できればそろそろ一層くらいは終わらせて、地上で準備万全に待ち構えているいるアステリオスたちにバトンを渡したい。


 現在俺たちがいるのはアミュレの地図でブロック分けされたセクションで言うところの、5Cセクション。

 縦横に線を引き、縦に数字、横にアルファベットを配して自分たちが大体どの位置にいるのかわかるようにしている。

 一つのマス目が大体五〇〇メートルらしいから、いま俺たちは入り口から北に二五〇〇メートル、東に一五〇〇メートル進んだということだ。


 アミュレ曰くそこまで正確な数値ではないが、大体はあっているということで。なんでも迷宮を歩いているときに、自分の歩数と歩幅を計算して算出しているのだとか。雑談しているときもそんな素ぶりは見せず、しかも入り組んだ迷宮でそれをやってのけていると最初に聞いた時はただ驚愕したが、彼女は照れ臭そうに……そして少しだけ陰りをもって「こんな知識でも、少しは役に立つんですね」と呟くだけだった。


 そしてそれから歩くこと二時間。複雑に入り組んだ通路を進み続けて、会敵した相手を倒しつつもなんとか現在到達している最深部10Fセクションまで到着したとき、アミュレが怪訝な声をあげた。


「気をつけてくださいラビさん。この前と構造が変わっています」

「……ついに来たか。どうやら奥に進めば進むほど、構造の組み換えが活発になるらしいな。……それで、どういう風に変化してるんだ?」

「この前はこの通路がひとつだったんですが、今日は……」

「二つに分かれてる、か……」

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