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「この本、全部日本語で書かれているのですわね」


 鏡花が古代図書館に無限に埋蔵されていると言っても過言ではない書物のひとつを手に取ると、ぱらぱらと捲りながら言った。


「ああ。というか、ここに限らずこの世界の看板や本は、全部日本語で書かれているよな。EU圏の召喚者もきちんんと母国語で見えてるらしいし、そこら変はさすがに難易度を下げてくれたんだろうな、運営も」


 考えてもみればこうしてリズレッドたちと不自由なく意思疎通が取れること自体が不思議だ。いきなり違う国の人間と言葉を交わせるなんて、普通なら在りえない。リアルさを徹底的に追求して――というか、俺はこの世界は現実だと思ってるんだけど――とにかく、そういうコンセプトのこの世界でも、融通を効かせたほうが良い部分があるというのも事実で、運営はとても良くその辺を汲んでいる。


「ニホンゴ……? なんだそれは?」


 リズレッドが首をかしげながら訊いてくる。


「俺たちが向こうの世界で暮らしてる国の名前だよ。リズレッドからは、俺たちの言葉はこっちの世界の共通言語で聴こえてるんだろ?」

「ああ。だけどいつかは、ニホンゴとやらで君と言葉を交わしてみたいな。本当の、純粋な言葉で」

「リズレッド……」


 と、そこで鏡花が、


「おふたりとも、ここはデートスポットではありませんわよ」


 あくまでも目は埋蔵書に落としながらも、どこか冷ややかな声音で告げてきた。


「いや、これはただの会話で……っ」

「そ、そうだぞ鏡花! 大体この程度の意思疎通、バディの仲なら当然あって然るべきだ」

「そうなんですの? では今度、フィリオにでも言ってみようかしら」

「……それは、やめたほうがいいと思うぞ」


 鏡花を加えたことで四人となったパーティは、たった一人が増えただけなのにそれだけで会話に活気が出て。それだけで、彼女を誘って良かったと思えた。なにせこの迷宮は地下深くにあるせいで、当然だが太陽の光は全く届かず気が滅入る。ぼうっと照らす光石の明かりも、どこか物悲しい気分にさせるし、日光を数千年間浴びなかった施設内は停止した空気とカビやコケ、湿気の臭いで充満している。会話くらいは華やかでないと、やってられないというものだ。


「俺も探索の合間に本は確認してるんだけど、ここにあるのはまだ風俗史ばかりみたいでな。エデンに繋がる情報は、あまり期待できそうにない」


 もちろん民間の風俗から大昔の事柄を知り、その結果エデンへの道を見つける可能性だってある。だけどこの一層目にある本は、そういった大仰な話題を取り上げたものは少なく、日常生活に関する生活の知恵や動物の上手い調理の仕方とか、そういった本が主だ。おそらく地下に潜れば潜るほど、厳選された書物が姿を見せ始めるんだろう。


 それから俺たちは互いに古代図書館攻略の策を語りながら、さりとて警戒を途切れさせないように先へ進んだ。魔物との遭遇率が心なしが二日前よりも多い気がしたが、鏡花の手数の多さがそれを相殺してくれた。というよりも、それ以上の働きだ。


 やはり物理攻撃に特化した職業の頼もしさは違う。俺は本来ならば魔法職で、リズレッドは剣も魔法もどっちも得意だが、戦闘スタイルが『疾風迅雷』を使用した高機動型のため、迷宮内では持ち味を活かしきれないのだ。


「いい加減、その杖も剣に持ち替えたほうが宜しいのではなくて? ダメージは通っているようですが、やはり打撃と斬撃では勝手が違いますわ」


 六度目の戦闘を終えて小休止しているとき、鏡花がふいに言ってきた。


「それはそうなんだけど……できればナイトレイダーを、なんとか修理してやりたいんだよなあ」

「ナイトレイダー?」

「俺が最初に手に入れた剣で、攻撃力をMND依存にしてくれるんだ。そのアビリティはいまこのブラッディスタッフに譲渡してるけど、いつかはちゃんと修理して、また元どおりにしてやりたい」

「そんなに性能が良い武器だったんですの?」

「いや、そこまで突出して凄いってわけでもない。実際、ゴーレムとの戦いで折れちまったしな。……だけど、何故かは知らないけど、あの剣にはもっと、なにかがある気がして……」


 自分でも何故ここまで執着するのかはわからない。もしかしたらリズレッドと始めて買い物をして選んだ武器というのが大きく関係しているのかもしれないけど、それをここで口にすると、さっきの二の舞になるのは簡単に予想できたため口を噤んだ。

 鏡花はアミュレの地図を確認しつつ、さして興味もないように告げた。


「性能も並。耐久力もゴーレムとの戦闘で折れる程度。付与されていたアビリティだけが優秀。そんな剣に、そこまで肩入れする気持ちが私にはわかりません。わかりませんが……だからこそ、否定はしませんわ」

「どういう意味だ?」

「私はあなたのそのわからない……言い換えれば『未知』の部分を知りたくて剣を交えて、敗北しました。きっとあなたの奥底には、私では予測のつかない力があるのでしょう。それは運だったり、人徳だったりと様々です。……ですが、その力があったからこそあのメフィアスも倒せた。だったらあなたがそうだと思ったことに、口出しする権利など私にはないですわ」

「うーん、そこまで考えることでもないと思うけど。こう言っちゃなんだけど、俺そこまで色々考えて行動してるわけじゃないぞ」

「だったら、とっととその剣は捨てることをお勧めしますわ」

「それは断る」

「面倒臭い方ですわね。選択肢を持たせるふりをして、内実自分のなかで答えは決まっているし、相手にそれ以外を選ばせる気もない。やっぱりあなた、私と同じサディストの側の人間ですわ」

「なんでそうなるんだよ!?」

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