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 岩場ごと向かってくる若い兵士にかじりつき咀嚼を行う。研鑽もなく知性も感じさせない出鱈目な攻撃だった。だがその巨体と、そこから生み出される膂力が全てを補っていた。純粋な力こそ何にも勝る支配力になるのだと証明するように、赤黒い鱗に覆われた魔物はホークを追い詰める。


 無論、彼もそれを黙って受ける訳はない。寸前のところで避け、転がりながらも次の攻撃に備える。金城鉄壁はたしか防御力向上のスキルだったはずだが、それはあくまでも護身程度に考えているようだ。彼の目的はあくまでも敵を回避し続けること。陽動作戦の成功確率を上げる行動ではあるが、それだけに危険度は跳ね上がる。一撃まともに貰ってしまえば致命傷になりかねない奴の顎門(あぎと)を、何度も回避し続けるなどいつまで保つかわからないのだ。


 俺は懸命に足を動かすが、状況も合間って疾風迅雷が切れた走力は、歯がゆいほど遅く感じた。スキルのリキャストタイムは三分。ホークとの段取りで費やした時間を差し引いても、残り二分は使えない。外周を走る中、中央の攻防は苛烈さを増した。そしてついにロックイーターの尻尾のなぎ払いが、ホークを吹き飛ばす。


「……がァッ!!」


 宙を飛び、地に思い切り叩きつけられる。直撃ではないが、軽傷であろうはずもない。しかし彼はふらふらと立ち上がると、再び剣を構えて歩み出そうとした。そこへ再び援護癒術が飛ぶ。


「アミュレ!」


 俺は叫んだ。いくら盗賊のスキルで気配を殺しているとしても、何発も短期間に撃てばレオナスたちに位置が索敵される。奴らは少女だろうと容赦しない。いや少女だからこそ、喜んで危害を加える可能性すらある。


 それに彼女のMPは盗賊であるため少ない。狩りの最中は一定時間行動しなければHPとMPが自動回復するシステムを利用して、長時間の魔法を可能としていたのだ。だが今は違う。位置の特定を避けるために絶えず闇の中を動く必要があるのだ。当然回復の暇など与えらえるはずがなく、彼女の魔法残弾はすぐに枯渇してしまうだろう。


「もういい! 連続でヒールを使うことは避けるんだ!!」


 力の限り声を張り上げる。それに対して返事はなく、代わりとでも言うように、さらにホークへ翠光の弾が飛んだ。


「……ヒールライトをここまで使いこなすとは……どこのどなたか存じませんが、感謝いたします!!」


 二度の癒術により陽動前よりも傷が塞がったホークはどこかに隠れる心強い僧侶に礼をすると、再び竜蟲へ駆けた。そしてそれが自身の決意なのだと言葉ではなく術をもってアミュレが示しただと、俺は理解した。こうなってはもう簡単に離脱する気はないだろう。自分の命を捨てる覚悟すら、おそらく彼女はできてる。だったら、それをさせないのが俺の役目だった。


 曲がりなりにもパーティリーダーである俺が、こんなところで悩んでいる時間はもない。両足を動かし、ないはずの肺が張り裂けんばかりに走った。それ以外のことに割く思考は一切を排除した。速く、速く。その一点にのみ考えを絞り、敵の背後へと向かう。それ以外のものは全てが重りであり、行動を鈍らせる戸惑いなどその最たるものだった。


(俺がやらなきゃみんなが死ぬぞ。ホークも俺も……そしてアミュレも……!)


 だがそんなとき、不意に視界の隅を鈍い光が閃いた。途端、全身に緊急信号が走る。この世界に来てから育てた戦士の直感だった。認識したものが何かはわからないが、避けなければいけない。反射に等しい速度で体をひねって避けると、それは空を切って風切り音を立てた。


 サイドジャンプのような形で回避を成功させた俺は、地に足が着く前に自信を襲った光の正体を見た。それは刃だった。一刀の片手剣が、俺の命を穿たんと振り抜けられたのだ。そして――


「チィ! 殺したと思ったのによォ!」


 剣を握るレオナスが、忌々しげに俺を睨んでいた。奇襲は奴によるものだった。目の前の怪物に気を取られ、後ろの二人へ向けた意識が途切れたいた間に、この男の接近を許していたのだ。俺は着地と同時に慌てて周囲を確認した。だがそれを察したのか、レオナスは不機嫌そうに告げた。


「安心しな、ノートンならいねぇ。あいつは臆病者だからな、あのクソキモワームが怖いんだろうよ」

「レオナス、やめろ。ここにいたらお前も巻き添えを食うぞ」

「ああん? 別に構わねえよ。お前を殺せるんならデスペナなんて痛くもねえ」


 剣を構えてあくまでも敵意を向けてる相手に、俺は焦燥した。こうしている間にもホークは刻一刻とロックイーターの攻撃を避け続け、集中力を削られていく。まともな一撃を浴びれば今度こそ命はないのかもしれないのだ。この作戦は彼がいなければ成立しないし、死人が出て悲しむアミュレを見ることなど御免だ。

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