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「どけぇ! レオナス!!」


 だから俺は、眼前の男に向かって怒りをあらわにして杖を握った。


「ひゃーはっはっは! なんだァその可愛い武器は? いつから魔導師に鞍替えしたんだオイ」

「レオナス! お前にどく気がないのなら、俺はお前を倒して進む!」

「いいねェ! そういう言葉を待ってたんだ! お前らガチプレーヤーはいちいち死ぬことに変な拒否反応を示しやがるからな! それとも再ログインもできねーくらい貧乏人なのかァ?」


 先ほどまで苛立っていたのを忘れたように、今度は満面の笑みを浮かべてレオナスが斬りかかってきた。俺はそれを杖で受ける。


「そんなボロい杖でいつまで俺の剣を受けられるかなァ!」

「くそ……!」


 サービス初日とは違い、俺とレオナスにはSTRに決定的なひらきが生まれていた。見た目で相手の職業を推測するのは危険だが、おそらく剣士を神託されたのだろう。跳ね除けようとしても剣は全く動かず、むしろどんどん押し込まれていく。そしてそのたびにギシギシと杖が軋んだ。魔導系である断罪セシ者では力の勝負に持ち込まれたら負ける。そう危惧し、後ろへ飛ぶと距離を空けて呪文を発動させた。


「《ファイア》!」

「うおッ!?」


 杖から噴出した火炎が奴を襲う。

 まともに喰らったレオナスは驚愕の声を上げて後方へ飛んだ。今の俺の魔力は並みのモンスターなら一撃で粉砕することができるはずだが、あいつはダメージこそ受けたものの、まだ余裕のある態度だった。


 性格こそ悪いが、奴もこの世界を一年間生き抜いてきた召喚者に変わりないのだ。しかもあの好戦的な性格から考えると、戦闘経験は俺よりも多いかもしれない。……であれば、油断などできない。あのシューノの一件で俺は奴に『格下』のイメージを勝手に抱いていたが、それは今この瞬間に捨てよう。そうしなければ、次にPKされるのは俺かもしれないのだ。


「テメェ、なんで魔法が使えるんだ! 剣士は魔法を覚えねえだろうが!!」

「誰が剣士だなんて言った! 杖を装備してるんだ、魔法くらい使えるに決まってるだろう!」

「とすると魔導師か……? いや、だがシューノで剣を装備してたよなァ? ……あークソ! わかんねネェ! つーかめんどくせェ!!」


 頭を乱暴に掻き上げると、レオナスは所持していたポーションを飲んだ。即座に回復行動を取ったところを見ると、ファイアは即死こそ免れたものの、軽傷という訳ではなかったのかもしれない。


 奴は空になった瓶を俺に投げつけると、それと同時に再び突進してきた。投擲に虚を衝かれて初動が遅れた俺は、奴の剣戟可能な範囲まで距離を詰めるのを許してしまった。


「めんどくせーことは嫌いだ! それにさっきので力は俺のほうが強えのはわかった! ならこのまま押し切るだけだぜ!!」

「くッ!!」


 危機本能が走り回避を促したが、遅かった。凶剣はすでに振り抜かれ、対する俺は回避のモーションさえまだ取っていない。苦し紛れに体を後ろに倒して顎を上げて頭部への直撃を避ける。下段から上段へ振り上げた剣が、目の前に一筋の光を走らせた。そのままバランスを崩して後ろに倒れこみ、そのまま横転して距離を取る。だが、


「遅え! 遅え遅え遅え遅えッ!!」


 横たわる俺を串刺しにしようと、容赦ない刀身の突きが矢継ぎ早に降ってきた。横転を続けて回避するが、テンポを読んだレオナスが今度こそ命を奪おうと凶刃をきらめかせた。次に回転する位置に目算を付け、そこに思い切り攻撃を加えるつもりなのが感覚された。


 殺される。本気でそう思った。慣性の乗った運動により、俺は自分から奴の攻撃を受けに転がっている。あとコンマ数秒もない一瞬ののちに、串刺しとなった自分がそこにいるのだ。


「――いや、違う!!」


 理解を本能がさえぎった。生きろと何かが叫び、全力をもって確約された未来を払いのける。


「《ストライクブレイク》ッ!!」


 考えて出した行動ではなかった。意識の根底に横たわる生存を望む原点が、強引に引き当てた判断だった。


 本来ならば大跳躍による高速の突きを繰り出すその技が、横たわる俺の両脚に力を注入した。頭上にはすでに奴の鋭い切っ先が迫っている。俺は急いでかかとを地面にひっかけると、そのまま力まかせに地を蹴った。正しく使えば六メートルもの距離を一瞬で詰めることができる膂力が大地を水平にすべり、体を何度もぶつけながら、引きずられるようにその窮地を脱する。


 背中がこすれ、黒妖精のローブが悲鳴を上げた。西部劇で馬に引きずられるガンマンを観たことがあるが、まさしく今、俺は彼らと同じ気分を味わっているだろう。突起にぶつかり宙に放り出されるが、なんとか体をひねって着地する。痛みはないはずだが、切削された背中が幻肢痛のように脳を痺れさせていた。

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