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「……テ、テメェ……最初から……それを……」


 俺の目の前でレオナスはそう悪態を尽くと、赤い光に包まれた。発光する粒が上空へと舞い上がる。足元を見ると、彼の体が足元から粒子となって消えてゆくのがわかった。プレイヤーのHPが尽きた際に表示されるエフェクトだった。


 つまりそれは、レオナスのゲームオーバーを意味していた。……そう、俺は勝ったのだ。


「……正直、上手くいくかどうかわからなかったけどな」


 溜息を吐きながら、今度は自身の胴体に目線を移した。そこには深々と突き刺さったレオナスの剣が見えたが、それもやがて持ち主の消失と共に消えるだろう。HPは残り三分の一を切り、バー全体が黄色の警戒色を発していた。


 全く、リズレッドからあまり無茶な戦い方はするなと叱られたばかりだというのに、毎回接戦になってしまうのは情けないところだ。だが今回もこうするしか確実に……いや、最も高確率で勝てる方法は、あの一瞬では見つけられなかった。


 あのとき俺は、レオナスに確実に届く一手を探していた。しかし懐に入ってまで行った決死の攻撃を躱され、あまつさえ反撃まで受けてしまった。不用意な行動はこちらの体力を余計に減らすだけと考えた俺は、最も確実性のある一手を模索したのだ。


 そして導き出した答えが、攻撃をわざと受けつつ相手が至近に入り、簡単に離脱できない瞬間を狙って繰り出す一撃だった。


 現実の世界ならこの様な戦法は成立しないだろう。痛みが存在する世界で、敵の攻撃を受ける前提で突撃するなど正気の沙汰ではない。痛みのないこの世界だからこそ可能な、反則のような戦法だった。だがそれでも確実に倒せる根拠はなにもなかった。この一撃で奴が沈まなければこちらが圧倒的に不利になってしまうし、それどころか俺がこの突き刺さった剣のダメージで死亡する可能性すらあったのだ。


 先ほどのカウンターでレオナスが俺のHPを三分の一ほど削る攻撃力を有していることはわかっていた。だからこそもう一撃を喰らう余裕があると踏んでの賭けだった。しかし次も同じ攻撃がくるとは限らなかった。スキルを使用されれば体力の三分の二が残っていようと、すべてを削られていたかもしれない。というよりも、そちらの方が何倍も確率の高いもののように思えた。もしそうなっていた場合、赤のエフレクトに包まれていたのは俺だっただろ。部の悪い賭けに買つことができたわけだが、疑問は残る。


「……なんで最後にスキルを使わなかったんだ」


 もはや胴体から下は光に消え、数秒後には完全にログアウトされるであろう彼に、俺は訊いた。すると苛々しげに口角を引き上げながら眉根を寄せて、


「チッ、ゴールドランクはこれだから良いよなァ。どんな状況でも都合の良いスキルを習得してると思いやがる」

「……? ノートンと一年旅をしていたんじゃないのか? スキルの継承くらいはしていたんだろう?」

「あいつから物を教わるなんてまっぴらなんだよ! というか、あいつは一次職が魔導師だ。二次職の魔法剣士のスキルも俺には習得できないのばかりだった」

「……なるほど、そういうことか。パートナーと自分の職の相性……確かに、そう考えるとあの場面で使えるスキルはほぼ限られてるか。だが同情はしないぞ、他のネイティブから技を継承する道もあったのに、それを拒んだのはお前自身だ」

「うるせェ! ゲームのキャラに教えを請うなんてできるか!!」

「……その奢りがある限り、お前は俺には勝てないぞ」

「おいおい、一度勝っただけでずいぶん言ってくれるじゃねェか! いいか、俺は今後もずっとお前に粘着し続けるからな。ネイティブだって殺し続ける。それが俺のこのゲームの楽しみ方だからだ! それが嫌だったらその都度、俺を止めてみせるんだな! じゃあな良い子ちゃん! ひゃーはっはっは!!」


 出会ったときに発した高笑いのまま、レオナスはついに頭上の髪の毛の先まで光と化し、天へと消えていった。

 まるで快楽殺人鬼と対峙したような気分だった。奴は現実で押さえ込まれた鬱憤を、この世界で晴らそうとしていた。二〇四六年の現在、発達したネットワークによって反社会的な行動は即座に他人に知れ渡る。常に衆人環視の中で生きているような世界だ。


 大昔では素行不良という眼差しだけで済まされていたような行動も、誰もがアクセスできるパーソナルログに一生残り、死ぬまで私生活、学生生活、社会生活の評価に関わってくる。


 昔、なにかの本で読んだことがある。

 若者の暴力行為は、行き場のないエネルギーの発散方法のひとつである、と。

 ……無論、それで暴力が正当化される訳はない。力の発散がしたいのなら、格闘技を習うという道もあるのだ。だが超学歴社会の現在では、勉強以外に時間を使うことが許さない風潮が広がっている。実際、俺も学校以外の時間をゲームに費やしているので、大学の人間に白い目で見られることは何度もあった。

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