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 ……だがそれで良かった。現実世界の淡白な人間関係よりも、もっと鮮やかなものを、この世界の人たち――リズレッドやリーナ、ミーナは教えてくれたからだから。


 だがレオナスは、それとは反対の方向性を見出したのだ。鮮やかなものを全て黒く塗りつぶす快感を知ったのだ。現実世界で圧迫され続けていた欲が、衆人環視の外にあたるこの世界で、連鎖反応のように爆発的に増大したのだろう。


 ネイティブを『人』として認める点で俺とレオナスは同様だ。だが、その先に求めるものが決定的に違った。俺は『交流』を求め、奴は『支配』を求めていた。


「……なら俺は、お前を何度だって阻み続けるさ」


 もはや形もない彼の残影に対し、遺した言葉に返事をする。そこへ不意にあたたかな感触が背中を押したかと思うと、声が聞こえた。


「ラビさんっ! 無茶しすぎですよ!!」


 叱るような口調でそう諌めてくるのは、アミュレだった。


「アミュレ! どうしてここに!」

「《シャドウウォーカー》で気配を消してここまで来たんです。ラビさんもあの兵士の方も、動きすぎてヒールの狙いが定まりませんから。それにあちらの岩場にはもう一人、ラビさんと戦っていた方の仲間がいたので、隠れるのも限界でしたから」

「じゃあ逃げ――いや、それはアミュレの信条に反する、か。……わかった、確かにどこにも安全圏がないのなら、ホークがロックイーターを引きつけてくれてる分、こっちのほうがまだ安全だ」


 彼女は一目でわかるほど魔力を消費して疲弊していた。正直、この場からすぐ立ち去って欲しいという思いが強いのだが、そんなことを言っては昨日の二の舞になるのは明らかだ。俺ができることはできるだけ早くに、この戦いを終わらせることだけだった。


「あと何回くらいヒールを撃てそうだ?」

「……ヒールなら三回、ヒールライトなら一回、です。すみません……私が本当の僧侶なら、もっと支援できたのに……」

「十分だ。むしろ戦場を隠密行動を取りながらヒールを撃てる分、だいぶ助かってる」

「……ありがとうございます。では、早速ラビさんにヒールをおかけしますね。先ほどの戦闘でだいぶダメージを負っているようですし」

「いや、それには及ばない」

「え?」

「どの道、奴の攻撃を受けたら回復しようがしまいが俺が死ぬ。だったら残り少ない残弾は取っておくべきだ」

「じゃあポーションは……回復薬は持ってないんですか?」

「ははは、それが今日は雑魚狩りだけの予定だったからさ……」

「……勝算、あるんですよね?」

「もちろん」

「……わかりました。ラビさんが死んでも生き返るというのは承知していますが、できるだけ死なないでください。……できれば、見たくないです」

「ああ。俺もできれば死にたくないよ」


 そう、死ぬ訳にはいかない。せめて奴に罪滅ボシを命中させるまでは。

 しかしそのためには、先ほどのような不意打ちを、もう喰らう訳にはいかなかった。


「アミュレ、後ろでお前を狙っていた男が、いまどこにいるのか感知できるか?」

「……どうやら、もう周辺にはいないみたいです。あの金髪の男がやられたのを確認して、離脱したんだと思います」

「なるほど、それなら好都合だ」


 そう言うとアミュレの頭を撫でながら「行ってくる」と告げた。彼女は少しだけ困ったようにはみかみながら、「お気をつけて」と返してくれた。

 次いで奮戦するホークを見て、残された時間はもう残り少ないことを悟る。鎧は剥がれ、足はおぼつかず、顔には疲弊が色濃くあらわれている。


「すまなかった。またせたな、ホーク」


 そう呟くと、俺はリキャスト時間を経て充電された疾風迅雷を再度発動させた。捧げ待つように胸の前で手を握る少女が遥か後方に消えた。疾走し、徒歩の速度とは比べ物にならないスピードで竜蟲の後ろへと一瞬で回り込む。奴は眼前のホークに夢中になり、外敵の接近に気付いていない。とんだ邪魔が入ったが、ようやくこの一撃をお前に届けることができる。


「《罪滅ボシ》――!」


 黒く光る杖が鉄槌の一振りとなり、赤黒い鱗を待とう巨凶に深々とめりこんだ。


『ギャアアアアアアアアアッッ!!!!』


 まるで人間の絶叫のような鳴き声を響かせながら、ロックイーターはうねる体を強張らせながら、地面へと倒れ込んだ。ずん、と鈍い地鳴りが辺りを揺らした。攻撃は命中し、逆転の一撃は確かに奴の肉体を直撃した。しかし奴が地に伏したあとも勝利を告げるメッセージは現れず、経験値や対価が手に入る様子もなかった。俺は冷静に状況を判断した。おそらく奴はまだ生きている。罪滅ボシでは、この竜蟲の命を削り取るには威力が足りなかったのだ。

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