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 フランキスカはその言葉に、まんざらでもない表情を浮かべたが、発した本人に気づかれぬ前に元の鹿爪らしい顔へ戻した。


「――まあそういうわけで、このウィスフェンドは大小様々な領地を各貴族が管理していたわけだが、これを束ねていたのが、公爵であり代々領主の座つ着いていたアルカス一族だ。グラヒエロはその後継者だったが、悪徳領主を絵に描いたような奴でな。だがそのぶん、奴に肩入れしている貴族や商人は多かった。しかも厄介なのが、他の街との力関係にも影響を持っていたということだ。グラヒエロを殺せば、穏便に両手を上げていた貴族が、再びその手に剣を握りかねないと判断した私たちは、奴を無期限懲役として、北の城塞迷宮に閉じ込めた。それがこの街の、忌むべき歴史だ」

「……その者は、まだ生きているのか?」


 問われた本人は両手の平を上にし、まるでそれに関してだけは奴は一流なのだと言うように、肩をすくめながら答えた。


「ぴんぴんしているさ。ああいう手合いは、何故だか妙にしぶとい」

「……ふむ。つまり、貴殿はそのグラヒエロという者が、投獄先から密かにこの事態を指示していると?」

「怪しい動きがあるわけじゃないんだがな。私も何度か奴の軟禁先に出向いたが、何かを企てている様子はなかった。まあ最後に面会したのは、二年ほど前だったが」

「ではどうしてグラヒエロが関係していると?」

「奴がどうしたというより、グラヒエロを筆頭とする守旧派が原因だ。賢人家系の貴族は、自分たちこそ城塞都市の支配者に立つべきだと考える選民派が、いまだこの街には多く存在している。革命前の貴族たちの意思を継ぐ、厄介な連中だ」


 そこでマナが、授業中に質問する生徒のように手を上げた。


「でも革命が起きたのは相当昔なんでしょ? いまこの街は平和そのものだよ。なのに、もとに戻りたがる人たちなんているの?」


 それに対して彼は、自嘲するような態度で答えた。


「あいつらの思考はそうじゃない。この平和になったウィスフェンドを土台に、昔のように権力を取り戻せたら、どんなに素晴らしい生活を送れるだろうか。それだけが奴らの望みで、それによって被る被害など度外視なのだ」


 マナは何か考え込む様子で目を伏せたあと、渋顔になりながらソファの背にどっと体を預けた。

 フランキスカはそんな彼女のことを、まだ世間というものを知らない、年端のいかない少女を見るような目で見つめた。嘲笑ではなく、心の底から彼女を羨ましがるような目だった。だがそれとは裏腹に、マナは虚空を見上げながら、領主の想像する像など全く感じさせない、鋭い瞳で呟く。


「……やっぱりこっちのも、向こうと変わりないか」


 それは発した本人にしか聞き取れないほどの、吐息とも言えるほど小さなものだった。隣にいるリズレッドですら訝しげな表情を浮かべたあと、空耳だったと判断し、再び対面している男に視線を向けた。


「では今回の一連の騒動は、魔王軍の進行によって浮き足立つ隙をついた、守旧派の反乱だと?」

「……あまり考えたくはないが、他に都市内でここまでのクーデターを起こす奴らに心当たりがないんでね」


 彼は、長い時間をかけて選民思想に溺れた元貴族たちを、なんとか現在のウィスフェンドに定着させようと苦心してきた男だ。簡単に彼らを首謀と断定するのは悄然の思いだったが、現状を打開するためには、仮定でも主犯格を想定する必要があった。


 リズレッドは苦渋の顔を浮かべる彼を眺め、その心の内に十分理解を示しながらも、その言葉にひっかかりを覚えていた。守旧派がかつての栄光を追い求め、現在の幸せを食いつぶそうとするのは、どの時代でもあることだった。


 大筋の読みは外れてはいない。だがそれは、敵が保守派だけに限られる場合だ。

 いまのウィスフェンドのように、外から魔物が攻めてくる状況のなかで、事を荒立てるメリットなどなにもないのだ。下手をすれば保守派と魔物のどちらとも同時に争う羽目になる。長い年月を息を潜めて待ち続け、復活の機会を伺ってきた者たちが、そのような短慮を犯すとは思えなかった。そして彼女は、そこから導き出した答えを口にした。


「――魔物と守旧派が手を組んだ可能性がある」


 それを聞き、バッハルードは大きく溜め息をついた。その答えにだけは至りたくなかったという風に。


 そこでリズレッドは理解した。自分がいきついた推察など、彼らもとっくに導き出していたことに。

 だが当時の貴族たちに鉄槌を下しながらも、いつの日かまた手を取り合う日を理想に掲げて邁進してきた二人の男たちにとって、その結果にだけは行き着きなくなかったのだ。

 これまで自分たちが行ってきた努力も、寄せる信頼も、全てが最悪の形で返されたことを認めたくなかったのだ。


 リズレッドは自分の口から放り出してしまった言葉の重さに気づき、沈黙した。同族のなかから謀反者が出る辛さは、ダークエルフという魔に堕ちた隣人を持つ彼女には、痛いほどよくわかることだった。


 やや間を置いて、フランキスカとバッハルードは床に落とした視線を上げると、彼女を見て笑った。

 微笑むという感じではなく、渋みを帯びたニヒルな笑みで。

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