22

「……そんなに、難しいことなのだろうか」


 荒野の地平に彼女が消えて、弔花やフィリオと一緒にウィスフェンドへと帰る道すがら、リズレッドがぽつりと呟いた。


「ん? 何がだ?」

「いや……私たちを人として認めることが、君たちに世界ではそんなに難しいことなのだろうかと思ってな」

「リズレッド……」

「済まない。別に責めているわけじゃないんだ。私も少し前まで、人族をそう思っていた節があるからな。立場や境遇、育った環境が違えば、様々な考え方が生まれるのは承知している。だけど……そこのフィリオと鏡花は、見たところ姿形に全く違いはない。エルフのように耳が長く長寿だったり、ドワーフのように生まれつき筋力が発達しやすい種族というわけでもない。だというのに一緒に旅を続ける中で、少しもそういう気持ちになりはしないものなんだろうか……」

「……」


 言葉ではそう言うが、不服がないはずがない。

 召喚者は自分たちを人と認めていないという感覚は、きっと冒険するなかで随所に感じることなんだろう。


「俺はリズレッドのこともアミュレのことも、大切な仲間だと思ってる。『人だと認めてる』なんて、偉そうなことを言うつもりもない。だってそんなの当たり前のことだろ?」

「……ふふ」

「いまの、笑うところあった?」

「いや、違うんだ。私は幸せ者だと思ってな。君たちは気づかないかもしれないが、召喚者が私たちに向ける目は、時折凍てつくように冷え切っているときがある。まるで物を見るような、感情の込もっていない瞳だ。だけどラビは、最初から私に暖かい感情をもって接してくれて、いままで一度たりともそんな目線をしたこともない。……だから余計に、鏡花を見ていると君との違いに驚いてしまうのかもな」


 少しだけ寂しそうに語るリズレッドに応えたのは、意外にも後ろを歩く弔花で、


「……多分……『痛み』を……私たちは感じることが……できないから……だと思う」

「痛み?」

「うん……人は痛みがないと……本当の気持ちに気づくことができないから……。だからどうしてもこの世界だと……現実感が薄くて……ネイティブを人として見れない……。もちろん私は……シキとラビのおかげで……変われたけど……」

「うーん、そうかなぁ……俺は『トリガー』を覚えて痛覚を手に入れたけど、その前からリズレッドたちのことをちゃんと仲間と思ってたぞ?」

「ラビは特別。……あなたは、ちょっとおかしい」

「!?」

「普通はもっと苦しむ……この世界の人が、本当に生きているって……認めるのに……」

「鏡花みたいにか?」

「あの人は……ううん、私もだけど……ちょっと、色々とあって……」


 弔花の言葉はそこで止まった。

 後ろを振り向かず、次が紡がれるのを待ちながら歩を進めるが、近づくのはウィスフェンドの高い城壁ばかりだった。

 言いにくいことなのだろう。きっとそれは、彼女たちが言っていた自分たちの特殊性――サディストとマゾヒスト――その根源となることなのだろうと、うっすらと察することができた。

 他人を異様に攻撃したがる鏡花と、自分を極度に傷つけたがる弔花。もっとも弔花は俺が出会った頃には、その毛色をだいぶ潜めているように感じたが。

 それももしかしたら、ネイティブを人として認められたことに関係があるのだろうか?


「――俺は、もっと鏡花のことが知りたいなあ」


 特に意識せず、ぽつりと口を突いて出た言葉だった。

 独り言というに等しいその呟きが、後ろから追従する弔花の雰囲気をわずかに変えて、


「お姉ちゃんも……きっと、ラビのことをもっと……知りたがってると思う……」

「鏡花も?」

「うん……じゃないと……決闘なんてしないから……あの人が攻撃したがるのは……相手のことをもっと知りたいから……」

「剣を交えた奴同士としか、分かり合うことができないってことか? あいつがそんなに武闘派には見えないけど」

「くすっ。違うよ……ええと……ここじゃちょっと……向こうの世界の話にも……なっちゃうから……」


 いつの間にか真横まで来ていた弔花が、周りにいるフィリオたちに気を配りながら言う。

 どうやら鏡花のことをもっとよく知るためには、俺たちの世界に深く関係のある話題となってしまうらしい。と言っても、あちらの世界のことをネイティブに話すことについて、別にペナルティを設けられている訳ではない。遠い異国での真新しい文化程度にしか認識されないし、自分たちがゲームのなかの住人だと告げられても、そもそも俺たちは神の使いという触れ込みでこの世界に来ているのだ。神石や神託など、創造主との邂逅を誰でも一度は経験するネイティブにとって、いまさら自分たちが作られた存在だという事実は、なにも彼らの教養を覆すに値しないものらしい。


 だけど、それでもリズレッドたちの前でその話をしたくないという気持ちを、俺は嬉しく思った。

 ネイティブたちは気にしないが、俺たちは違う。人として彼女たちと接していると、やはり目の前であちらの世界の話をするのはどうしても気が引けるのだ。どこか自分たちは創造主で、彼女達の上位存在なのだと言外に主張しているようで――。

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