21

 ――だからなのだろう。

 誰にも強制されていない、自ら選んだ道すがらで、力が及ばないからと二の足を踏むフィリオに、彼女は憤っていた。


「う、うるさい! 僕だって精一杯やってるんだ! 見てろよ、いつか鏡花の心だって掴ん……で…………あ」


 発破をかけられたフィリオは、いままで積もり積もった気持ちを吐き出すようにアミュレへと食ってかかる。が、それはあまりにも純粋なものすぎて、当の本人はおろか、聞いている俺たちすら気恥ずかしくなるような告白だった。

 自分でも咄嗟のことで、口走ったあとに冷静になったのであろう彼は、顔を真っ赤にしてうろたえ始める。


「フィリオ……そう、だったんだ……?」


 弔花がいつもの口調で訊く。テンポの遅い言葉が、なおさら丹念に少年の羞恥心を刺激する結果になっていようとは、彼女は気づいてもいないのだろう。


「ちっ、違います弔花さん! ああいや、違わなくはないんですが! ……ああ、もう――っ!」


 必死に弁護を始めるフィリオだが、それは誰に向けた弁護なのかも、何に対しての反論なのかも定まらない。うーん、なんだか大の大人が子供の純粋な恋心をからかってるみたいで、なんとも気が引けるなぁ。


 アミュレはそんな彼にひとつ嘆息をつく。だが態度とは裏腹に先ほどのような憤りはもう失せて、再び道を歩き出した旅人に親しみを覚えるような、そんな様子だった。腰に手をやりながら、彼女は新たな一歩を踏み出したフィリオに激励を送る。


「全く、ようやくその気になりましたか。だったら早く行動した方がいいですよ。うかうかしていたら、自分の大事な人が、もう手の届かない所にいっちゃってるかもしれないんですから」

「あ、ああ……そうだな。確かにその通りだ。さっきはその……怒鳴ってすまなかった、アミュレ」

「いえいえ、でも悪役を買って出るのはこれきりですよ。私だって人のこと言えないんですから」


 ――もう手の届かない、大事な人。

 その言葉に込められた重みを知るのは俺だけで、それを気づかれぬようにとはいえ吐露した勇気にただ感心した。じっと彼女を見ていると、ふいに向こうの瞳もこちらへに向き、一瞬だがお互いの視線が交わった。すぐに目を逸らされてしまったが、そこには少し惚けたような、憂いたような色が宿っていて――天へと還った彼女の友人に、彼女を立派に守ることを、パーティのリーダーとして心のなかで誓った。


 と、そのとき。


「当事者を置いて、勝手に盛り上がらないで下さいませんこと」


 長く沈黙していた鏡花が、唐突に口を開いた。

 地面に下ろしていた腰を持ち上げて立ち上がると、体にかかった埃を払う。

 フィリオが意を決したように口火を切った。


「きょ、鏡花さん! 僕を鍛えてください! スキルの継承はできなくても、基礎のレベルくらいなら上げられる! これ以上あなたに甘え続けるなんて、もう御免だ!」

「フィリオ、言ったでしょう? あなたはもう魔法系の職を神託されています。剣士の私に示唆しても、得るものは何もありませんわ」

「だったらどっちも伸ばす! この街には剣と魔法のどちらも得意とする『魔法剣士』という職業が有名だとか。道が拓かれているなら、それを全力で走り抜けるだけです!」


 なんだ、フィリオの奴はもう下級職を神託されていたのか。しかも魔法系の職を受けながら剣士に師事を希望するなんて、似た境遇で思わず親近感が湧く。

 後押し、という訳ではないが、子供の奮い立った心を援護するように、俺は鏡花を見た。瞳を向けられたことに気づいた鏡花は、すっかりいつもの雰囲気を取り戻した様子でふんと鼻をひとつ鳴らしたあと、


「……正直、どうすればいいのかわかりませんわ。私にとってネイティブがどういう存在なのかと問われても、考えもしなかったことに急に答えなど出せません」

「それで……いいと、思う。私も……最近になって、ようやく……ラビの気持ちがわかったから。だから……お姉ちゃんも、急に変わろうとしなくても……」

「俺も弔花に賛成だ。人の価値観はそう簡単に変わるものじゃない。だけど鏡花はいま、その分岐点に立ってるのは間違いないんだ。だからあとはフィリオと……曲がりなりにも自分が認めたバディと、ゆっくりその答えを見つけていけばいいんじゃないか」

「…………」


 鏡花はなにも応えず、ただ虚空と、自分の背丈よりずいぶん低いフィリオに目線を交互させていた。フィリオはそんな彼女をただ一心に見つめている。いまはまだ見下ろす形でしか交わらないその視線も、きっとすぐに対等になる。ゲームのNPCとしか見ていなかった彼らも、きちんと向き合うことでちゃんと『人』として見ることができるようになる。双子の妹の弔花ができたのだから、きっとそれは間違いない。


「……少し、風に当たって来ますわ」


 結論は出せず、だが否定も出さず。鏡花はふらりと踵を返すと、手をひらひらと振りながら歩き出した。


「お姉、ちゃん」

「心配しないで弔花。本当に少し、歩きたいだけです。……フィリオが考えて出した答えに、私がどう対するべきか。ラビに諭されたようで癪ですが、私もここで一度、思慮する必要があるのは確かです。それは……この決闘の結果が、全てを物語っている」

「……鏡花さん」

「フィリオ、あなたも弔花と一緒に宿へ戻っていなさい。……夜までには戻ります。そして先ほどの返事も」

「……はい。その……」


 振り返らず投げ捨てるように声だけかけて去りゆく鏡花に、フィリオは最初言い淀んだが、瞳に強く力を込めて、


「待ってます! 鏡花さん!」


 そう叫びを上げた。

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