20

 取り繕った言葉は、かえって鏡花を傷つけるだけ。

 さっきリズレッドから教えられた教訓を思い起こし、心を奮い立たせて俺は言い放った。


「正直、今日の戦いは少しがっかりした。別にPvPを楽しみにしてた訳じゃないけど、もっとお互いに死力を出し尽くした、学ぶものが多い時間になると思ってた。なのに鏡花は俺の不完全な布石でも十分に力を削げるほど余裕がなくなっていて、しかも奥義と自負していた技はただネイティブから継承して満足しただけの、ただの傀儡の技だった」

「……貴様ッ!」


 歯に衣を着せぬ言い様に激昂したのは、当の本人である鏡花ではなく隣にいるフィリオだった。あどけなさの残る相貌を険しく変えて、いまにも掴みかからんと立ち上がったとき、畳み掛ける様に俺は叫んだ。


「悔しいなら、鏡花のことをもっと知ろうとしてみろ! お前は鏡花のバディだろう。この世でひとりしかいな、鏡花のパートナーだ! それがさっきからただ相手を労わるだけで、他になにもしてないじゃないか!」

「……ッ」

「フィリオ、お前は鏡花から何かを学ぶためだけで旅に動向してるのか? お前のことも、鏡花に知って欲しくないのか?」

「それは……鏡花さんは強くて、聡明で……僕なんかが教えることなんて、何も……」

「……本当にそう思うか。フィリオ、お前は生きているだろう? ちゃんと自分の考えを持って行動する、ひとりの人間だろう? だけど鏡花は、それすら理解できていなかったから、今日俺に負けた」

「……ぐ」


 フィリオが唇を噛みながら、くぐもった喘ぎを上げる。

 胸が締め付けられた。こんな小さな子供に、大学生の女性と対等に接しろだなんて、どれだけ無茶なことを言っているのか。

 だけど彼女とバディになると決めたのは彼自身だ。例えそのときは勢いだけの決定だったのかもしれないが、そろそろ本当にその選択肢を、まだ自分は取り続けるのかを決めるには良い頃合いだろう。なにせこれから鏡花はあんな性格で、誰から恨まれているかわかったものじゃない奴だ。もし復讐者が彼女へ報復する技量がなかったとき、その矛先が彼に向く場合だってある。そうなったとき、フィリオの命はもう戻らないのだから。


「ぼ、僕だって鏡花さんにはもっと頼って欲しいさ。だけど、どうしたらいいか……」


 なおも苦言する彼に、俺もどう助言すれば良いかと少しだけ沈黙したとき、ふいに後ろから小さな影が現れた。

 背丈はフィリオよりも低いものの、長旅に慣れたその風態と、冒険者としの覚悟を決めた彼女――アミュレは、前の前で悩み伏せる少年に勇ましく人差し指を立てながら言った。


「あーもう、じれったいですね! それでも男ですか!」

「ア、アミュレ!?」

「ラビさんは少し黙っていてください!」


 ぴしゃりと言い放たれ、思わず口を塞ぐ。


「さっきから聞いていれば、『でも』とか『だから』とか『だって』とか、一緒に歩むと誓ったバディの前で、そんな言葉を軽々しく口にしてどうするんですか!」

「な、なんだお前は!?」

「私の名前はアミュレ・レーゼンフロイ。ラビさんのパーティでヒーラーを任されています。……フィリオさん、ひとつ質問させてください。あなたはいつまで鏡花さんの後ろで守られているつもりなんですか?」

「は、はぁ!? ……べ、別に僕は守られているつもりは……!」

「いえ、守られてます。なにせこの世は一歩外に出れば魔物が闊歩し、追い剥ぎ目当ての盗賊がそこらで目を光らせている。なのにあなたが備えている武器は見た所、腰に差した護身用のナイフ一振りだけ。それで守られている意識がないなんて、絶対に言わせません」

「……うぐっ」


 ……アミュレ、結構言うときは言う奴なんだな。

 みるみる青ざめていくフィリオを傍目に見ていると、なんだか俺まで胃が痛くなってくるようだ。年上の俺から諌められるよりも、同年のアミュレからの言葉のほうがもっと堪えるものがあるだろう。しかもそれが女性からだとなれば、彼の心境は想像に難くない。


 黙りこくって俯くフィリオに、なおもアミュレは忠告を続けた。だけど、


「自分が弱いから。力が及ばないからって、手を伸ばさないといつかきっと後悔します。……後悔、させられます。それは選んだ選ばないに限らず、来るときは来ます。――だからあなたは、少なくとも苦難の道を自分で選択したあなたには、もう言い訳する時間なんてないはずです」


 だけどそれは、台詞を続けるうちにみるみる、語る当人の表情さえも哀しいものに変えていった。

 そこに含まれる言外の思いをこの場で察することができるのは、おそらくこの場で俺ひとりだろう。


 神託システムの負の側面。

 生まれた我が子に無理やり目的の職を天啓されるべく行われる、自我も尊厳も踏みにじる洗脳教育の被害者。

 彼女の生まれ故郷である<霊都シュバリア>は、一人前の死霊術師を輩出するべく、幼い頃から殺しに対する知識と、殺しに対する禁忌感を徹底的に取り払う環境を作り上げている。俺やリズレッドとのために命を懸けてくれたアミュレが、依然は殺しに対して何も厭わない無感情の殺戮者だったなんて想像もできない。――それだけ徹底された環境で生まれた彼女に、むろん選択肢など用意されているはずもない。その教育に異を唱えることも不可能ではなかったのかもしれない。だけどその後に待っているのは、アミュレの友人に下されたような……卒業生への最後の課題に捧げられる供物。『初めての殺人』の対象者となる未来だけだ。

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