19
沈黙とともに俺の話を聞く鏡花に対し、リズレッドが補足するように告げる。
「死と隣り合わせの戦いのなかでは、動きの荒さも武器のひとつだ。一糸乱れぬ華麗な攻撃は、宮廷で催される演舞に近い。相手を倒すための動きではなく、観客を魅せる動きだ。そんなものを実践するくらいなら、拙くてもバリエーションのある攻撃のほうが何倍も私は怖い」
鏡花に懇々と説明する彼女を傍目に見て俺は、この師匠は本当にとんでもないスパルタだ、と改めて思った。
ゲームのなかで達人と武を競うのは簡単だ。相手に見合うまでレベリング、もしくは対策を考えて、あとは適宜状況に合わせたボタンを押せばいい。太刀筋の読めない一振りも、流れるように鮮やかな連撃も、R1を押して回避すれば良いのだ。
誰もそれをどう避けているのかも、果たして現実問題、目視している動きで本当にその攻撃を避けれるのかも、疑問には思わない。
当然だ。それはゲームなのだから。現実の厳しさや辛さ、理不尽さを忘れるために、極限までそれらを削ぎ落とした遊戯。それがゲームだ。そんな娯楽の世界で、
「そんな……そんなこと……とても現実的では……」
説明されてもなおその事実を信じられない鏡花。だがそこで、はたと言葉を詰まらせる。
気づいたのだ。自分が対峙した相手は、それをとうに証明していたではないか、と。
あの夜の日、脱獄した自分たちが見守るなかで、俺はメフィアスと死闘を演じた。
あの流れる鮮血が、痛みで思わず涙を流してしまいそうな苦痛の表情が、真実痛みをフィードバックしているのだと彼女にもきっと伝わっている。
痛みを削ぎ落とした世界で、痛みを選択してなお前に進む。
それが今日、自分と決闘した相手なのだとわかってくれたのなら嬉しい。
決闘の本当の終焉を感じ取った弔花が、フィリオを隣につれて歩み寄ってきた。
フィリオは勝利すると信じ切っていたバディの敗北を前に、どう言葉を投げかければ良いのかわからず、動揺して宙で視線が揺れている。
「……お姉ちゃん、おつかれさま」
「あ、あの、その……っ」
鏡花は目線を下に落とし、労うふたりに沈黙で返した。弔花はそんな姉の様子を見ると、いつもよりもさらに静謐で、だがとても優しさの含まれた声音で告げた。
「……きっと、これが私たちとラビの違い……なんだと、思う。この世界をゲームだと決めつけて……ネイティブはスキルを継承するだけの存在と括って……それ以外のことを、彼らから学ぼうとは、しなかった……」
「…………」
「私も……シキが死ぬまでは……そうだった。ここをただのゲームだと切り捨てて……シキをただのAIだと見下して……」
「弔花……ですが、私は……」
なにかを言おうとする鏡花を、弔花は強引に話を続けることで遮る。
「……でも……シキが死んだとき、わかったの……彼は生きてたんだって。生きて、私と話したり笑ったり……そして、指輪を受け取ってくれたんだって……。ロックイーターに潰されて彼が死んだとき、私は最初……悲しくもなんともなかった……。強いて言うなら、せっかく育てたキャラがロストして……また仲間を見繕うのが面倒だなぁ、って思ったくらい……。でも……その日ログアウトして……だんだんわかった……。胸に、ぽっかり穴が空いてることに……」
「…………」
「この世界はきっと……ここをゲームだと思わない人だけが……強くなれる世界なんだと、思う。お姉ちゃんは、どう? この世界のこと……どう思ってる……?」
「……私は……」
あの即答が得意の鏡花が、答えを出せずに言い噤む。
無理もない。さっきまでこの世界をゲームだと断じていた人間が、その意識を持ったままではこれ以上強くなれないと言われれば、混乱して当たり前だ。でも弔花の話すことは真実その通りだ。厳しい言い方だが今回の鏡花の敗因は、ネイティブをただのスキルを譲渡するだけの存在と見下していたその意識にある。彼らは生きている。俺たちと同じように考えて、行動して、誰かを愛して、誰かを憎んで……そんな人たちから学ぶことなんて数限りなくあるし、鏡花ほどのレベルなら、ガイドラインに頼ることが危険だと諭してくれる達人のネイティブにだって、その気になれば出会えていたはずだ。
彼女が俺と戦うまでに自動操縦の危うさに耳を傾けていたら、それを助言してくれる
目線を横に動かすと、フィリオと紹介された少年が、鏡花を心配するように膝をついて様子を伺っていた。きっと彼も彼なりに、懸命に彼女との距離を縮めようとしてきたのだろう。だけど鏡花は知っての通りプライドが高く、自分がこうと決めたことには盲目的にそれを遂行する節がある。それをまだ初等教育をやっと済ませた程度の子供に解きほぐかせ、心を開かせることを期待するのはあまりに酷だろう。
……だけど、
「――鏡花、また俺と戦わないか。今度はきっと、もっと違った結果になる気がする」
「……それは、どういう意味ですの」
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