18

 今度こそ言葉に詰まった。

 なんと答えれば良いのか言葉が見つからず、つい押し黙る。だが後ろにいるリズレッドが、優しさのなかにも厳粛さが混ざった声音で告げた。


「ラビ、ときに気遣いというのは、真実を語るよりも相手を傷つけることがある。鏡花は君の本当の気持ちを知りたがっているんだ。だから――」

「――ああ、わかった」


 俺はリズレッドの助言を受けて、意を決して鏡花へと真っ直ぐに視線を送った。対する鏡花もこちらへ濁るもののない真髄な瞳をこちらに投げている。


「――正直、覚悟していたほどじゃなかった。『血濡れの姉妹』として名を馳せた鏡花だ。もっと凄絶で、日が暮れるまで戦いが続くような絶戦になると思ってた」

「……私はこの戦いが始まるまで、『トリガー』を使わないというあなたに、内心憤りを感じておりました。己の奥の手を封じて戦うなど、まさか決闘の前に公言されるだなんて、思ってもいなかったですから」

「……」

「だから、私は自分の持っている最も得意なスキルを初手から使用して、あなたの鼻を明かしてやろうと思ったのです。それが『疾風迅雷』であり、そして最大の奥義である『百花繚乱』でした」

「ああ。あれには驚かされたよ。まさか鏡花が『百花繚乱』を習得しているなんて思いもしなかった」

「……ですが、その奥義は呆気なくあなたにいなされ、躱されました。……それが、わからない。何故です? 何故あの回避不可能の百の疾撃を、しかも初見でさばけたのです?」

「それは……鏡花が、あまりにも綺麗な動きをしすぎていたからだよ」

「……綺麗な、動き?」


 怪訝な顔で同語を繰り返す鏡花に、どう説明したものかと考えていると、傍から出てきたリズレッドがその解釈を継いでくれた。


「君たち召喚者は、神からの恩寵である程度の戦闘所作を無意識に行えるのだろう? ラビが前によく話していたよ。複雑な動きが必要な武技や剣戟は、視界に光るラインが見えるから、そこに意識を乗せるだけで体がその軌道通りに動いてくれる、と。鏡花もラビとの戦闘中、その光線を追って戦っていたんじゃないか?」


 そう。それはまさに神……というよりも、もっと具体的に言ってしまえば運営からのプレイヤーへの救済措置だ。

 いくら死んでも生き返る存在とはいえ、平和な世界の暮らししか知らない俺たちが、いきなりこの殺し合いが平然とまかり通るリズレッドたちの世界に降り立ったところで、無限に再生するサンドバックにされるのがオチだ。だから運営はそんなプレイヤーに少しでもネイティブと拮抗できる、だけど有利になりすぎないぎりぎりの対策として、身体の自動操縦機能を付けてくれている。

 手の返しや体のひねり、そして足運び。複雑な動作が必要な武技や、さらに剣の振り方を知らない初心者のために、攻撃のモーションさえその気になれば自動操縦で行うことができる。ゲームなどで戦闘状態に移行して敵に近づいたら、勝手に剣を振るって戦いはじめてくれる感覚に近い。


 それは確かに便利で、ネイティブたちとの技術的な距離を埋めてくれるのに役立った。俺もこの機能がなければ、エルダー神国で腐者となったエルフたちの軍勢を相手にあれほど立ち振る舞うことなんてできなかっただろう。

 ――だけどそれは、ある一定レベル内のネイティブとの距離を縮めるに過ぎないシステムだ。


 鏡花がリズレッドの問いに対して、首肯をもって返した。


「それは、そうでしょう。自慢ではありませんが、私は現実世界で一度も刀など握ったことがありません。ガイドラインに従わずに戦うなんて、それこそ遊戯会のような児戯になってしまいますわ」


 それを聞いて、俺は納得した。

 本来ならば接戦を予測していた彼女との対決が、ここまであっさり終わってしまったその訳に合点がいったのだ。


 それと同時に、ここに来るまでにリズレッドが妙にこの決闘に対して含んだ言い回しをしていたことにも。

 ……そうか、リズレッドは最初からわかっていたのか。鏡花がどういう異名を持ち、どういう人間としてこの世界を生きてきたのか。


「……俺はな鏡花、リズレッドを師匠と仰いでから、徹底的にそのガイドラインを使わないように手ほどきされたんだ」


 告げた瞬間、鏡花の相貌が驚愕に染まる。

 そんな常識外れの行動など、できる訳がないと。


「そんなこと……いえ、ですが、確かに説明の筋は通って……」

「……鏡花は薄々は感じていたと思う。ガイドラインに従って動作する動きは、どうしても画一的だって。――綺麗すぎるんだよ、動きが。あまりにも無駄がなくて、テンポも一定だ。心が動揺していても、意識をそれに乗せるだけでいつも通りのパフォーマンスが出せる。……だからこそ、リズレッドはこれを危険だと判断したんだ」

「……それは、つまり……」

「ああ。リズレッドや、それに準ずるレベルをもったネイティブにとって、いつも同じ動きをする攻撃モーションなんて、避けるのは容易いんだ。俺も最初は納得できなかったよ。だってガイドラインが教えてくれるのは、最適解の洗練された動作だと思ってたから。でも実際、彼女にどんなに攻撃をしかけても、自動操縦のときの俺の剣は擦りもしなかった。逆に拙い俺自身の動きで剣を振るったときのほうが、良い線いってたときがあったくらいだ」

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