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 言うと同時に、姿勢を低く構えて脚に力を込める。首から下げた首飾りが、かちゃりと音を立てた。――わかってるよバーニィ、さっきは回避に自慢の武技を使われたから、今度は思いっきりかましてやれって言うんだろう?


「小対多の戦いに慣れすぎて、速度だけを重視した。それが仇になったな、鏡花」

「――っ!」


 標的を定め、俺は心のなかで彼の技を叫んだ。『ストライクブレイク』――一跳躍によって射出される槍のごとく相手を一瞬のうちに突き捨てる、兄弟子が得意としたその武技の名を。


 蹴り上げた地面が砕け、発生したエネルギーが強かな膂力をもって俺をひとつの槍へと変える。

 地面に撒かれた石なんてもはや関係ない。ただ最短距離を最速で、最高の力をもって空を切り、鏡花へこの刃を届けるのみ。


「くっ……しま……っ!」


 鏡花は崩した態勢を立て直すための一瞬の間断により、即座の迎撃姿勢が取れない。無理やり得意の機動力で回避しようにも、周囲に布石された岩の破片がそれを拒んだ。彼女が迫る俺を真正面から捉え、瞳に焼き付けるようにこちらを見届けながら、


 ああ――届かなかった――――。


 そう、言った気がした。


 それはもしかしたら彼女の心の底から湧いた、呵責の喘ぎだったのかもしれない。

 相手をいたるぶることでしか対人関係も築くことができない、そんな鏡花の無念の思い。


 鏡花、そんな顔はしなくていいんだ。だって俺たちはこれから、いくらでもお互いを知り合うことができるじゃないか。この決闘はその幕開けの、ただの始まりに過ぎない。だから、そんな顔はするな。


 まるでいまにも泣き出しそうな子供のように見える彼女の相貌に向けて、俺はその幕開けとなる一刀を、今度は迷いなく突き込んだ。――ただひとつ、直撃の手前で俺は、猛く煌めく刃を――、


 決着。


 鏡花はその瞬間には、もう目蓋を閉じていた。

 それはまるで『鏡花』としての生に未練はないというかのように。死んでログアウトしたら、このままこの世界には二度と戻らないとでも言うかのように。


『ストライクブレイク』をまともに食らい後方へと吹き飛んだ鏡花は、リムルガンドの剥き出しの岩場に叩きつけられて、二転三転ゴムボールのように跳ね飛んだあとにようやく静止した。我ながらひとりの女性に行った仕打ちとしては、かなり非道なものだと思う。だけど――


「立て、鏡花。まだ死ぬほどのダメージは入ってないはずだ」


 ゆっくりと彼女に近づきながら、静かな口調で俺はそう告げた。

 鏡花は地に伏して目を閉じたまま、自分のHPバーがゼロとなりこの世界から離脱する瞬間を沈黙とともに待っていた。だがその言葉を受けて、どうも様子が違うことに気づいたらしい。薄眼で攻撃が当たった腹をさすり、そこに貫通した穴もなければ、体が真っ二つに熔断されてもいないことを認識する。


「…………どう、して………………」


 荒野の風にさらわれてしまいそうなほどの、か細い声音。

 剣を交わらせたいまならわかる。彼女がこの瞬間、どれだけ悲憤の中にいるのかが。

 それは決して自分が負けたからではなく、俺に勝てなかったからだということも。


「攻撃がヒットする瞬間に光刃を解いた。だからお前に当たったのは、このなんの変哲もない杖だよ」


 と言っても出血特性は付いているから、魔物に向けて放っていればそれなりにグロテスクな光景になっていただろう。しかしそれも、血の通わぬアバターの体なら赫々するダメージエフェクトだけで済む。


「違う。私が言いたいのは……どうして、殺さなかったのかということです」

「……だってお前、あのままとどめを刺したら、そのままALAを辞めるつもりだっただろ」

「…………」

「図星だな。何故だかわからないけど、必死に俺に食い下がるお前を見てたら、なんとなく気持ちが伝わったんだ。ああ、これはそういうつもりだな、てさ」


 なおも地面に仰向けとなり、己の敗北を放心とともに受け入れ、虚空に目線を投げ続けている鏡花。俺はそんな彼女に近づくと、膝を付いて手を差し出した。


「でも、それじゃ困る。言っただろ? 俺たちにはお前の力が必要なんだ。詳しくはあとでゆっくり話すけど、いま攻略している迷宮は相当手強い相手だ。だからこの世界を去ることなんて許さない。約束はきちんと果たしてもらう」


 宙に投げられていた視線が、ゆっくりと差し出した手に向けられる。そして不意に、突然花の花弁が小さく開いたかのように、彼女から微笑が漏れた。


「……優男に見えて、主張はきちんと通すんですのね。女性の腹部にあんな一撃を加えておいて、すぐさま立ってパーティに加入を強制するなんて」

「……っ! べ、別にそういうつもりじゃ……! 腹部っていっても、アバターの体だろう!?」

「あら、これは大事な『鏡花』の体ですのよ? もしもなにかあったら、責任を取ってくれまして?」

「…………っ」


 まるでさっきのお返しとばかりに、言い返しようのない口撃を仕掛けてくる鏡花。

 だが彼女は俺の手を取ると、そのまま力を込めて上体を引き上げた。


「ひとつだけ教えていただいても?」

「ん? あ、ああ」


 少しばかりの沈黙。

 逡巡ののち、鏡花が引き結んだ口をゆっくりと解き、そして問いた。


「あなたにとって私は、強かったですか?」

「――――」

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