13

 横にいるアミュレが、渋い顔をして視線を逸らした。冒険者として経験の浅かった彼女は、ここに来るまでに様々なパーティに加わろうと努力し、その結果が苦いものを終わった経験があった。


 一流の冒険者であればあるほど、身内に入れる人間の査定は厳しくなる。それに比べて召還者は、言い換えれば適当とも言えるほどにメンバーに求める基準が低い。それにかこつけてラビに目星を付けた過去の自分を、直接ではないがリズレッドから批判された気分だった。


 だが、そのリズレッドから指摘を受けた当の本人は、相変わらず用意された茶菓子を突っつきつつ、指についたかけらを舐めとると、おもむろに告げた。


「無策や無謀を怖がってたらなんもできないでしょ? 助けたくないの、ラビを」

「……っ」


 威圧という感じではなく、純粋に何故そこまで警戒されるのかわからないという風だった。


 無論、マナの提案がラビを救うために必要なものだとリズレッドも理解していた。もし自分一人が彼女と組むという条件ならば、二つ返事で了承していただろう。だが隣にいる少女まで巻き込むとなると、簡単に首を縦に振るわけにはいかなかった。


 リズレッドはちらりと、舌で茶菓子を舐めとるマナの指を見た。そこに彼女が警戒する最大の理由があった。


「……その指にはめている物は、エンゲージリングだな?」


 マナの指には銀のリングが、ランプの灯を反射してきらきらと輝いていた。

 その言葉を受けた彼女は、きょとんとたあとで、それに何か問題があるのかという様子で「そうだけど?」と返した。


「……その指輪をしているということは、君にもパートナーがいるのだろう? だがそれらしい人物を、私は一度も見ていない。周囲の気配も探ったが、怪しい者は皆無だった。指輪が消失していないということは、死に別れたというわけでもあるまい。……答えろ、君のバディは一体どこにいる」


 それを聞いたアミュレも急いでスキルを発動させたが、確かに自分たちを監視しているらしき気配はなかった。考えられる可能性は二つ。相手のパートナーが知覚できる範囲外に身を潜めているか、もしくは自分たちの探索スキルを上回る隠蔽能力を所有しているかである。どちらにしても目の前の召喚者に気を許して良い場面ではなかった。二人一組のバディが、パートナーを自分たちに見せない。そんなものは半身を隠しながら己を信用しろと言っているのと同じであり、パーティーを組む組まない以前の問題だった。

 アミュレは改めて、隣のエルフが幾重の危険をくぐり抜けてきた人物なのだと再確認した。


 マナは口をつぐんで黙りこんでいた。真っ赤な瞳を大きく開き、愕然としているようだった。次いで手を叩き、大声をあげた。


「あー、なるほど! 会ったときから妙に刺々しかったのは、そういうことか!」


 ようやく理解できたという感じだった。


「いやあ、ごめんごめん。警戒させるつもりじゃなかったんだけど、確かにそれは不安になるよね。……ええと、もちろん私はバディになってエデンを目指してるよ。そういう意味では、リズレッドさんとはライバル同士だね。そこは最初にはっきりさせておくよ。でもここで貴女達を出し抜こうとか、そういう考えはないの。だって私のバディは多分、今頃はシューノにある自分の家でご就寝中だからね」


 リズレッドはその返答に眉をひそめた。


「シューノだと? 召還者が最初に訪れた街じゃないか。つまり君は、そこでバディを待機させて、一人でここまで来たというのか?」

「うーん、ちょっと違うかなぁ」


 マナは机に置かれたカップを手に取ると、お茶を口に運んだ。ゆっくりと、焦らすように喉を潤したあと、陶器を持ったまま、上目遣いでぽつりと告げた。


「私は、ずっとソロでエデンを目指してるの」


 リズレッドはいよいよ訳がわからなくなった。

 完全にブラフとしか思えなかったが、不思議とそれが本当であると感じさせるほど、いまの彼女には真に迫る雰囲気があった。


 だが果たして、本当にそのようなことがあり得るのだろうか。

 相手が見つからずに、止む無くエデン到達戦を諦めた召喚者はいる。また、バディ契約の期日である召喚の儀から半年が過ぎてからこの世に訪れた者も、同様にその資格はなかった。

 しかし目の前の彼女は違った。順調にパートナーを見つけておきながら、一人で旅を続けてきたのだという。そうする理由も利点も、リズレッドには見当もつかなかった。彼女は、論理に乗っ取った行動ならば相手の思考をある程度は予測できた。だがその反面、マナのように行動に一貫性がない相手は天敵ともいえた。


 押し黙るリズレッドに代わり、アミュレが会話を引き継いだ。


「ええと……つまりマナさんは、お相手がいるのに、いままでずっと一人で旅をしていたということですか?」

「ふふん、その通りだよアミュレちゃん? まあ、私が契約したのは貴女よりもっと小さい子供だから、どっちみち一緒に旅をしても戦力にはならないんだけどね」

「どうしてそのような子供と契約を? 私は詳しく知らないですが、バディとなって常に行動を共にするのは、召還者の方々にとってメリットしかないのでは?」

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