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「ッ!」
それをなんとか緊急回避する。
避けきれずに切り裂かれた薄皮一枚が服とともに破れ、僅かな痛みとなって脳へと伝達される。
いまの声は――そうだ、アミュレだ。俺の仲間、守るべき僧侶。
盗賊のスキルも持っているから、ああいう咄嗟の場面でとても役に――――
――役に、なんだ?
――――俺は一体、なにを言っている……?
ぞくりとした悪寒が体中を震えさせた。
メフィアスが回避された攻撃を確認すると、矢継ぎ早に魔法『黒槍』を即時詠唱、発動させる。
「考え事かしら? ずいぶん余裕があるのね」
空間をまるごと切り抜いてしまったかのような黒の長槍が開いた掌の上に展開され、それが勢いよく矢のように俺へと放たれる。
当たれば絶対即死の攻撃。――だけど俺が走らせた悪寒は、それが理由ではない。そんなもので、これだけの嫌悪感は生まれない。
「ぐ……く……ゥッ!」
増幅された脚力と反射神経を以って胸を反らし、次いで体全体を反転させる。
さっきまで心臓があった空間を、正確に黒槍が通り抜けて漆黒の尾を引いた。
回避運動の力をそのまま利用して、バックステップで三度地を蹴って距離を空ける。一度目よりも二度目、そして三度目のほうが、跳躍する距離が伸びた。トリガーの効果はまだ完成していない。俺のステータスはなおも上がり続けている。その証拠に、爪の攻撃よりもさらに人外の疾さを誇るであろう黒槍を、それほど危機感もなく避けることができた。
だからこその悪寒だった。
全てのステータスを増幅させる埒外の神技が、心の奥底に封印していたものすら強化し、固く閉ざしていた蓋を強引にこじ開けようとしていた。
長い年月をかけて人類が『理性』という名の封印術を編み出して御してきたもの――原始の欲動が――戦うことを、殺すことを、嬲ることを、強奪することを、踏みにじることを――およそ卑下すべき行動の全てを、甘美な衝動に変えていく。
それは牙や爪を持たぬ太古の祖先が、圧倒的強者を相手に生存競争を競うために搭載した暴虐の衝動。
地球の生態系の頂点に立ったいま、絶対に封印しなければいけないそれが――化物となるために引いた引き鉄により、呼び起こされていた。
「くそ――違う! 俺は、こんな理由のためにあいつと戦ってるんじゃない……ッ!」
戦いの最中、俺は左右に頭を振って、直前までの自分の思考を恥じた。
いつの間にか飲まれていた。
守るために戦っていたはずが、目的がすげ変わっていた。
ついさっき、俺はアミュレのことをどう思った?
自分の瑕疵すべき過去を打ち明け、仲間になることを望んでくれた少女に対して俺は――便利なタンク――と、そう思ったのだ。心の底から、なんの抵抗感もなく。
吐き気が込み上げた。
人間として接していた相手をデータの集合体とか認識していなかった自分に。そして、それが紛れもなく自分自身の心の内から湧いた感情だということに。
トリガーは無から有を作り出すスキルではない。有から、さらに大きな有へと数値を増長させるスキルだ。つまりそれは、俺がアミュレのことを、普段から、ほんの僅かであろうともそういう目で見ていたということで――。
「あら、今度は急に大人しくなったわね? でも、手を緩める気はないわ。とっととあなたと後ろの少女を殺して、私は自分の責務を全うする」
「責務……? お前たちが企てていた地下の牢獄は、もう使い物にならないぞ。こうして封印も解いて、衆目にも晒された。存在が暴かれた秘密の収容所に、何の価値が――」
「存在が暴かれたのなら、存在を知る物を皆殺しにすれば良いだけよ」
「なに……?」
「勘が悪いのね。だから、この街の住人を皆殺しにすると言っているの。もともとグラヒエロを傀儡にして、ここを統治させるつもりだったければ、彼ももう用済みかもね。もう彼にここの住人を統べるだけの力もないようだし」
「お前……人間をなんだと……!」
「ふふ、それはあなたも一緒じゃなくて? ラビ・ホワイト」
その名を呼ばれたとき、背筋に怖気立つような寒気が走った。
メフィアスが俺を認識した。あの真祖の吸血鬼にして六典原罪の第五典、リズレッドでさえ敵わなかった人外の枠に在籍する正真正銘の化物が、『ラビ・ホワイト』の名を、確かに口にしたのだ。
「あなたがさっき見せた目――あれは、私と同じものだったわ。自分にとって利用できるかできないか。それが人への価値基準であり、それ以上でもそれ以下でもない。要するに、アイテムとして見ているということね」
「ち、違う……!」
「違わないわ。ふふ、魔王様が言っていた通り、召喚者はやっぱりネイティブを『人』として認識していない。どんなに取り繕っても、所詮は
「魔王が……?」
「ふふ、私が特別にあなたの正体を教えてあげるわ。あなたは『他の召喚者とは違うネイティブを人間として見ている自分』……そんな幼稚な優越感に陶酔しているだけの、凡庸な召喚者のひとりよ。一皮剥けば、相手のステータスを覗き見て、役に立つか立たないかで選別している下卑た人間に過ぎないわ」
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