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 一緒に食事を摂っていた弔花も、それを想像したのだろう。くすくす笑いを必死に隠しているようだが、全くもって隠しきれてはいなかった。

 唯一その場に取り残されたアイリスだけが、なにがそんなに面白いのだろうという顔で三人を順に見ている。


 平和そのものの光景だった。

 まるで年の離れた家族のような談笑がそこにはあった。

 アミュレはその中で、リズレッドもいずれこの輪に加われることを願った。

 時間はまだある。そして、それを成せるだけの強い気持ちも、彼女が持っていることも知っていた。


 エルフでありながら人との交流を拒まない彼女を、アミュレは尊敬していた。

 確かに最初に出会った頃はまだ棘もあったが、いまでは本当の仲間として自分を見てくれている。

 そこにはきっと、あの白髪の青年の影響もあるのだろう。けれど彼女自身の強さがなければ、達成できないことだった。


 いつかこの食卓で、いまはいないラビとリズレッドも加わり、同じように他愛もない話に花を咲かせる。

 それを夢想しながら、少女はテーブルに置かれたお茶を口に含んだ。



  ◇



「お前も、毎日ご苦労なこったな」


 アラナミの主人が、カウンターの奥で腕を組みながら言った。

 甲斐甲斐しく毎日、討伐したモンスターの一部を持参しては報酬に換えにくるエルフを、心の底から労っているのだ。


 リズレッドは店内の新たに張り出された依頼書に目を通している。

 腰からはいつもの白剣と、そして見慣れない黒い鞘に収まった剣の二本を差していた。


「戦いの世界で生きてきたからな、こちらの方が落ち着くんだ」


 リズレッドが苦笑しながら応えた。

 平和を夢見て剣を振るってきたというのに、平和そのものの家に身を置けば、今度はどうにも落ち着かず剣を振るう場を求めてしまう自分に、心底呆れていた。


「弔花は別として、同じようにこちらの世界で生きてきたアミュレも、すんなりとアイリスを受け入れている。全く、自分がここまで柔軟性がないとは思わなかったよ」

「俺から言わせりゃ、そんなことに気を病むエルフがいることが驚きだよ」

「? どういう意味だ?」

「どういうって……お前さん、人が憎くねえのか? エルフっつーのは、何故か人族を忌み嫌ってるもんだろ」

「ああ」


 そこまで言われてようたく合点がいった自分に、自分自身で虚を衝かれたような思いが湧いた。


「ラビと出会って、エルダーから旅立って、もう随分と経つからな。良い加減、どんなに柔軟性がない私でも慣れるさ」

「そりゃあ、お前自身の強さだろうぜ。前にここに来たエルフも旅に出て随分経つと言ってたが、刺々しくってなかったからな」

「私以外にもエルフが?」


 リズレッドがフードの奥で長い耳をぴくりと反応させた。

 エルダーが堕ちてから、同族の噂を聞くのは初めてだった。

 元々、数が少ない上に国から出る者もほぼいなかったエルフ族が、外界でお互い出くわすことなど滅多にない。

 もしまだこの街に滞在しているのなら、是非顔合わせをしたかった。


「もう五年以上前になるなあ。お前さんたちの前にこの船に乗り込んだ新入りだった。無口で無愛想だったから、なんで旅をしているのかも結局聞けず終いだったが」

「そのエルフは、耳飾りを付けていたか? 翡翠の色をした玉が装飾されたものだ」

「ああ、そういや付けてたなあ。あまり目立ったモンじゃねえから、すっかり忘れてたよ。だが、なんで知ってるんだ?」

「それは諜報役の密偵だ」

「密偵?」

「エルダーは多種族との交流を阻む外交断絶の国だったが、だからといって世界の情勢に完全に無知というわけにもいかなかった。情報がないというのは、装備も整えずに戦場に出るようなものだからな。だから定期的に国王は、国の外へ密偵を送っていたんだ。いま世界の国々がどういう状況で、どこが自分たちの敵となり得るかを探らせるために」


 主人はあごを撫でながら聞き入った。

 昔の記憶を手繰り寄せ、確かにそういう風であった、という理解の色が瞳に浮かんでいた。


「私も詳しい事情は管轄外だったが、王からその命令を受けた者は、特別な耳飾りを賜ったと聞く。外の世界での任務を受けることの見返りとして」

「なるほど、その任務のために立ち寄ったのが、ここだったってわけだ。船団都市はどの国にも属してねえから、足として使うにはもってこいだ。公の交通機関じゃ、どこで誰が目を光らせてるかわからねえからな」

「そういうことだな。だが……五年前か。それだけ前なら、もうとっくにエルダーへ帰還したのだろうな。初めて外で同族に会えるかもしれないと思ったが、残念だ」


 リズレッドは肩をすくめながら、もしかしたら出会えたかもしれない同郷の仲間に思いを寄せた。

 国に帰っているということは、あの戦火の只中にいたということだ。六典原罪のひとり、アモンデルトによって焼かれた、あの地獄のなかに。

 そしてあの日、生き残ったのは彼女と騎士団長のエドだけだ。つまり、ここを訪れた仲間は、もう……。


 だが主人は眉を寄せ、呻り声を上げた。


「いやあ、それが……あのエルフは途中でぱたっと来なくなっちまってな」

「途中?」

「航海の途中だ。ここに来る新顔なんて、食い扶持の稼ぎなんてここくらいしかねえんだが、いつの間にか顔を見せなくなってた」

「途中で下船した可能性は?」

「ないとは言い切れねえが、確か来なくなったのは海のど真ん中にいたときだった。他の船を呼ぶにも莫大な金がかかる。お前んとこの国は、ひとりの諜報員にそこまで出せるほど裕福なのか? それに、そうする理由もねえだろ」

「確かに、船団都市に乗船するだけでも随分と手間がかかるのに、わざわざ途中で降りる可能性は低いな」

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