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「……っ」


 そしてそれと同時に、やはり自分はどうしようもなく――レオナスの側の人間なのだということも理解した。

 いままでどんなにネイティブが目の前で死のうが、心に響くものなど皆無だった。

 唯一信頼する妹のパートナーであるシキが、ロックイーターに無残に踏み潰されて赤い染みを荒野に咲かせたときでさえ、感じるのはただただ、せっかく育てたキャラクターがロストして勿体ない、という損失の念だけだった。


 痛みのある彼らは、当然、死ぬときは想像を絶する苦痛を強いられただろう。

 きっと彼なら……ラビ・ホワイトなら、そんな場面を目撃すれば、激昂するか激しく動揺して悲しむかしたはずだ。


 そんな光景を見ても、自身の損益でしか物事を測れない自分。

 だというのに、自身の体を無痛の欠損が襲っただけで、こうも吐き気を催す自分。


 つくづく、自分勝手な生き物だ。

 腐肉食いに育てられて腐肉を貪っているうちに、どうやら心の底から自分も同類になってしまったらしい。


「もう、どうでもいいですわ」


 自然とそんな言葉がこぼれ出た。

 百花のなかに一輪だけ自分を混ぜられたこと。そしてそれが遥か格上の相手に一矢報いれたこと。そしてその結果が――自分が結局は軽蔑していた父と同族に成り果てていたことを再認識するだけの結果に終わったこと。


 力を手に入れるための儀式だったが、なぜか鏡花は、いま金髪の男が昇る祭壇から得られる物以上のものを、この一戦で得たような気分だった。

 胸に去来するのは、同じ環境で育てられた、唯一この世で信用に足る妹の弔花の姿だった。


 今にしても思えば、彼女がパートナーを亡くしたことによる虚脱を見ていながら、全くその原因に気づかなかったのだから極め付けだ。

 だけどきっと、あの子ならこの世界で生きていける。

 ネイティブが死んだことで――他人がいなくなったことで、あそこまで心を悼めることができるのなら、きっとあの、心優しい白髪の青年たちと一緒に、生きていける。

 だから、私は。


「そうか。ならばせめて、一瞬で葬ってやろう」


 一刀で腕を飛ばしたリズレッドが、気づけば二刀目の体勢に入っていた。

 きっと今度こそ、剣士の体を真芯から分断するであろう焔の剣が、ごうごうと熱を発する。


 精根尽きて、もはや避ける気にすらならない鏡花は、ただその剣が振り抜かれるのを待った。

 時間稼ぎは十分にした。儀式の恩恵も、今はもうどうでも良い。何故だかとても疲れた。早く家に帰って、ベッドの上で眠りにつきたい。


 相手のそんな思いを知ってか知らずか、リズレッドは躊躇いなく剣を握る手に力を込めた。

 そして――


『待て!』


 そのとき、声が響いた。

 鏡花はそれが、遅れてやってきた彼の叫びなのかと思った。だがそうではなく、声は儀式の間の入り口――自分の正面からではなく、背後から聞こえたことを遅れて感覚した。そして、その声の主が誰であるのかも。


『そいつはあの男が孵化する時間を稼ぐ、大事な駒だ。こんなところで死なれては困る』


 ほぼ無意識に顔を背後に向けると、そこには身の丈五メートルを超えるミノタウロスが、床に打ち捨てられていたアミュレを掴み取り、首筋に鋭い爪を突き立てていた。


『神からの制約で戦えぬとはいえ、貴様の行動を制限する方法などいくらでもある。例えばこれが、お前には最も有効な手だ。そうだろう勇者よ?』


 巨体のわりに精密な手つきで、ミノタウロスが僅かに爪を動かす。

 少女の首すじから一粒の血がぷくりと盛り上がり、そのまま垂れて一筋の赤い線を作った。


 鏡花はなにも感じなかった。

 逆に、もう終われると思ったこの戦いが長引くことに、若干の気だるさを感じていた。


 だが彼女に正対する騎士が、


「――それがどうした」


 おそるべき冷淡さでそう言い放ち、かまわず剣を振り抜いたとき、


 ……どうして。


 他人を支配して生きる側に立ったはずの心が、激しくざわめいた。

 それが、勇者の剣が己を切り裂く間に沸き起こった。


 あなたは私とは違う世界に生きているんでしょう。

 あなたはあの人に愛されているんでしょう。

 強いのに。彼よりもずっと強いのに。

 それなのにどうして、この状況で剣を――。


 自分では掴めなかったものを全て手に入れている騎士の取った行動が、まるで爆発物に火を放ったかのように鏡花の心を燃え上がらせた。

 気づけば先ほどまでの諦観は吹き飛び、再び正面へ振り返って残った右手に握る武器に力を込めて構えの姿勢を取っていた。


「ずるいですわよ! なにもかも手にいれて、簡単に捨てるなんて! あの子はあなたを慕っていたんじゃありませんの!?」


 ほぼ八つ当たりに近かった。

 ねじ曲げられた人生の視点から見るリズレッドの足跡は、ただただ黄金に輝いていて。

 それが例え――優しさを殺し、望まぬ殺戮を繰り返した上での輝きではあるものの、鏡花にそれを察する術はなく、ひたすらに腹が立った。


「ずるい……! ずるい、ずるい、ずるい……っ! あなたは、卑怯者ですわ!」


 普段の冷静さが嘘のように、泣きじゃくる児童のように心の吐露をそのまま言葉にして放つ。

 呪文のように自身の心を縛っていた鎖を、がむしゃらに引きちぎるような慟哭だった。


 がきん、という金属同士のぶつかる音が両者の耳を打つ。

 リズレッドの『紅蓮灼炎剣』の効果時間が切れ、むきだしの刀身をあらわにした白剣と鏡花の剣が鍔迫り合いを起こす。

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