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『何をしても無駄だ。魔王様より賜ったこの体、そして役割、お前ごときに破れるものではない……ッ!』

「……俺は、俺を信じてくれた人のために……そして生き抜くために、ここで全力を尽くして、お前を倒す!」


 お互いに譲れないものがあった。魔王がこいつらにとって、どれだけ崇められる存在なのかはわかった。リズレッドの故郷を滅ぼし、そして彼女本人の命すら奪おうとする魔王軍の統治者。俺はそいつを、絶対に許す気にはなれない。だからここで、なんとしてでもロックイーターを倒す必要があった。


 殺気みなぎる巨人を眼前に見据え、杖を強く握る。

 歪に膨れ上がった腕が、その躍動を止めた。――攻撃の準備が整ったのだ。俺に残された活路は、あの乾坤一擲(けんこんいってき)の攻撃を回避し、その隙を突くこと。それ以外に奴に一撃を与える方法はなかった。


『オォォオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッッッ!!!!』


 雄叫びとともにロックイーターが動いた。

 最後の決戦を行うために、上半身と同じだけの質量にまで膨れ上がった右腕を振り上げた。それを合図にして、俺も前へと駆ける。


『何か策を練ったようだが……無駄だァ! お前はここで死ぬッッ!!』

「俺は死なない……もう一度、リズレッドに会うために! ここで死ぬわけにはいかないんだッ!!」


 四階建の建物にも匹敵するロックイーターの巨大化した左腕が、頭上で輝く月を隠した。小山ほどの大きさと化し、いまにも破裂寸前といった禍々しく、血の脈打つ大槌のような腕だ。

 拳が天高く掲げられ、そして、


『死ねェェェェエエエエエッッ!!!!』


 叫声とともに、それが振り下ろされた。


 恐るべき勢いで、頭上から即死の一撃。もはや隕石といっても過言ではない迫力だった。拳は俺が想定していた以上の速度で迫ってきた。奴の肩がメキメキと鳴り響き、骨が露出する。もはや攻撃後のことなど念頭に入れていない、全てを犠牲にして繰り出された渾身の一打だった。


「――ッツ」


 疾風迅雷をもってしても、その射程範囲から逃れることはできないと瞬時に悟った。着弾までゼロコンマの、閃光じみた速さだった。どうすればこれを回避することができる。諦めたくない。諦める訳にはいかない。約束したんだ。リズレッドと……あの拳が覆い隠した先の、未来へと一緒に進むと。


「《ファイア》ッ!」


 気づけはそう叫んでいた。

 がむしゃらに生存本能を発動させ、ひねり出した反射のような挙動だった。


 手のひらを地面に向けて放たれたのは、魔導変換で狙撃型へ変えた炎弾だ。

 一点集中型のエネルギーを思い切り足元の地面に撃ち込むと、左腕にぐんと推進力が伝わった。次いで体全体が勢いにのって浮かび、すぐにロケット噴射の要領で、衝撃を推進力に変えて前方へと吹き飛んだ。

 ブラッディスタッフによる魔法力の増加と、狙撃型の一点集中のベクトルが合わさり、一歩間違えば制御不能な爆発力を以って体が宙を舞った。


 すぐに後ろから鼓膜を破るほどの炸裂音が響いた。

 ロックイーターの痛恨の一撃が、リムルガンドの荒野に着弾したのだ。

 岩が粉々に砕けて飛び散り、土が舞い上がった。だがそれと同時に、生々しく、耳を覆いたくなる音を立てて、ロックイーターの左腕が弾けた。

 初めはあまりの威力に腕が地面に突き刺さったのだと思った、違った。粉々に吹き飛んでいた。一瞬にして全指がばらばらになり、手首から肘にかけて肉塊へと姿を変わったのだ。


 奴の肉体が、自身の攻撃力に耐えられなかったのだ。

 宙でそれを見て、ぞっとなった。まるで爆心地かのようにクレーターが形成され、直撃を受けていたら間違いなくラビの体は跡形もなくなっていただろう。


『フーッ! フーッ! 魔王様に……魔王様に栄光アレェエエエエエエ!!!!』


 痛みと昂揚で錯乱状態になったロックイーターが、華々しい戦勝の合図を上げた。

 土煙に紛れた俺を、奴は視認できていなかった。


『俺は俺の役割(ロール)を果たしました!! クリスタルを砕いて! 召喚者を殺した!』


 俺を殺したと思い込んでいる奴は、あらん限りの力を込めて、己の忠義を高々に宣言していた。

 咄嗟の判断で身を躱した俺は、着地と同時に体勢を低く整えると、勝鬨を上げる巨人めがけて駆け抜けた。

 ここが間違いなく千載一遇のチャンスだった。このために俺は全神経を集中させ、回避を成功させたのだ。奴を超えて、先に進むんだ。一緒に、あの人と一緒に。


 土煙の中で見える奴の巨影にがむしゃらに進み、雲海を抜けるようにそこから飛び出ると、


「ロックイィィィィタァァアアアアアアアアアッッ!!!!」


 叫んだ。

 未来を掴むために、己を鼓舞するために。

 本来ならば、無言のうちに攻撃するのが賢い選択だったのだろう。だが、それは不可能だった。ただの大学生だった俺に、戦場でそこまで冷静にことを運ぶだけの胆力はなかった。そんなものは、とうに尽きていた。あるのは最早気力だけであり、それももうなくなりかけている。だから暖炉にさらに薪をくべるように、熱く燃焼させるために、あらんかぎりの力で叫んだ。

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