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「君たちの乗船を許可したのは、他でもない君という検体を手に入れるためでね。前に手に入れたエルフは失敗した。エルフは本来、正しく魔堕ちさせれば、ダークエルフという他種へ変質するのだろう?」
「……! お前が、ジャスたちに指示を出していたのか……!」
「先ほど言ったろう? 彼らはただの売り手だと。魔堕ちの製造方法なんて知りはしない。ただ僕の命令に忠実に従い、パーツを集めて、出来上がった物を売りさばくだけだ」
「なぜそこまで魔堕ちを造ることに拘る。神に叛逆してまで、貴様はなにを欲しているのだ!」
「当たり前のことを聞かないでくれ。僕らが望むものは、魔王の打倒に決まっているだろう。だから造るのさ。冒険者という成長も遅く、命令にも従わない不確かな存在ではなく、確実な駒として機能する兵士を」
「なにを馬鹿な……魔堕ちは魔王の加護を受けた存在だ。その魔堕ちを魔王打倒の兵士に使ったところで、結果は目に見えているだろう」
「わからないかい?」
「……なにがだ」
「魔堕ちを造るのに必要なのは儀式だけだ。儀式の最中に魔王本人から直接契約を結んだ者などひとりたりともいない。契約は一方通行で成立し、その結果、魔王の力を借り物に魔法を使役する生物が生まれる」
「まさか……」
「その通り。魔王の力を削ぎ落とすのに、君たちのような武力行使は必要ない。一方的に力を吸い取る魔堕ちを大量に造れば、それで事は足りる」
「そのために必要な犠牲が、どれほどの数になると思っている。六天原罪にすら手をこまねく私たちが、その創造主たる魔王の力を使い尽くすことが、本当に可能だと思うのか」
そこでオクトーが、口に手を当てて含んだ笑みを作った。
生徒の無知な質問に、壇上から弁達する教師のように。
「だからこそ君のような強い者が必要なのだ。もとのレベルが高ければ、魔堕ちになったときに魔王から削ぎ落とす力もそれだけ大きくなる」
「……」
「君はいままで、魔王本人に直接攻撃を加えたことはあるのかい? いくら部下の数を減らしたところで、本人には痛くもないだろうね。なにせ自分の力を分け与えた眷属が減るほうが、自分自身へと返ってくる物が大きいのだから」
「私たちがいままでしてきたことが、全て無駄だと言いたいのか」
「そうではない。レベルを上げるためには戦いに身を置くことは不可欠だからね。だが、もうそろそろ限界だろう?」
「……っ」
腹から湧き上がる悪寒と、脳を揺さぶるような罪悪の絶叫のなかで、俺はかろうじて彼らの話を聞いていた。
オクトーが掲げる理想が、真に人のことを考えたことであるのは間違いなかった。戦い方が違う、というだけの話だった。
犠牲の上で成り立つ平和なんて本当の平和じゃない。
そんな綺麗事を吐けるほど、この世界は優しくなく、そして俺自身に力もなかった。
だけど、それでも、
「だめだ……聞くな、リズレッド……」
よろめく視界のなかで、必死にそう告げた。
視界の隅に、プレイヤーの精神異常を察知したシステムがイエローウィンドウを表示させたのが見えたが、そんなことはどうでも良かった。
「リズレッドには、リズレッドの戦い方がある……そんな犠牲を払わなくても、君なら……」
半分、すがるような思いだった。
なにもかも都合よく真実を捻じ曲げてここまで来てしまった。そんな俺の、せめてもの懺悔のようだった。
だがオクトーはそれを遮るように、言葉を言い差した。
「それができないから、彼女は悩んでいるんだ。ずっと一緒にいて、そんなことにも気づかなかったのかい?」
「……どういう、ことだ……」
「君がすごいスピードで実力を上げてきたのは、ジャスたちの調査でわかった。そこを疑うつもりはない。では彼女、リズレッド・ルナーはどうだろうか?」
鷹揚に話す彼に対し、俺から見えるリズレッドの後ろ姿がやけにおぼろげに見えた。
彼女はなにもいわなかった。ただ黙って背を向けて、まるでこれから消え去ってしまうかのように炎の陽炎のなかに立っていた。
そしてオクトーがついに、なにかにとどめを刺すかのように、はっきりと告げた。
「断言しよう。彼女はこれ以上レベルは上がらない」
陽炎のなかの彼女が、息をのむのがわかった。
「君と出会ったころから、彼女はまるでレベルが上がった様子がない。いままでの経歴を考えれば、これはあまりにも不自然だ」
「それは……弱い俺に、ずっと彼女が付き合ってくれてたから……」
「違うな。六天原罪やその眷属との戦いを経験してなお、彼女は一段たりとも次の階段へ昇れずにいる。これは単に君に付き合っていたから、という理由では説明がつかない」
「……」
「結論を言ってしまえば、彼女は成長限界だ。人は誰しも、経験値を稼げば無限に強くなれるわけじゃない。個々の限界値が存在する。彼女はエルフとしては若年ながら、多大な努力によって早期にここまで達した。そして、次の階段がないほどの頂上に達したんだ」
リズレッドは、オクトーが持論を展開している間、一言も口を開かなかった。
こちらには顔を向けず、壇上から睥睨する彼を向き、ただ黙っていた。
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