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――なんで、一言も反論しないんだ。
そんな思いが湧いた。
普段の彼女なら、ここまで良いように言わせはしない。騎士である誇りがそれを許さない。
だというのに、リズレッドはただ沈黙して立ち尽くすだけだった。
「……オクトー・リバーサイド。あいつはたしかに、人の上に立つための能力を兼ね備えている」
代わりに口を開いたのは、ポーションを飲んでなんとか口が利けるまでに回復したジャスだった。
「俺たちがしていることなんて、奴に比べれば可愛いもんだ。俺たちは相手を恐怖で支配する術を磨いてここまでのし上がったが、あいつは違う。あいつはただ淡々と事実を重ねて相手を屈服させる」
「どういう意味だ?」
「人が最も嫌うのは、暴力によって押さえつけられることじゃない。真実をそのまま突きつけれることだ。お前の罪の意識も、あいつの限界への抵抗心も、瞬時に見抜いて、最も効果的にそれを使う。俺も昔、オズロッドと駆け出しのチンピラだった頃にあいつと出会って、ずいぶんと世話になった」
「……お前らとリズレッドは、違う」
「そうか? ならなんで、あいつは一言も口を開かないんだ」
「……っ」
彼の言葉から、オクトーへの徹底的な従順さが伝わってきた。
街の裏稼業のボスは、このオクトー・リバーサイドという男に、全く持って抵抗する牙を抜かれきっていた。
もしかしたら彼が何もかも神の指示と妄信し、悪行を重ねたのも、そうなるようにあいつが誘導を――。
けれどそれは、どれだけ考えても意味のないことだった。
問題はいま、リズレッドがその脅威と戦っていて、俺がかしずいているということだった。
彼女が必至に眼前の敵に相対しているというのに、俺はその後方で、己の罪に苛まれて膝を折っている。
立て。立ち上がるんだ。
心のなかでそう叫ぶ自分がいた。だがそれと同時に、そうやってまた彼女をダシに使うのか、と囁く自分がいた。
立ち上がる理由と立ち上がらぬ理由が同時に存在し、そのどちらも選択することができなかった。
オクトーはそんな俺を睥睨し、取るに足らない物でも見るかのような目を向けたあと、リズレッドに向けて告げた。
「約束しよう。私が君を魔堕ちにすれば、確実に魔王の力を削ぐことができる。君が成功体となり、自我を保ったままダークエルフとなれば、君は大きな力を得て、再び彼と旅を続けることができる。そしてもし自我が崩壊し、醜いトカゲとなったとしても、魔王から力を奪えることに変わりはない。どちらにせよ、限界を迎えたまま旅を続けるよりも大きな成果を果たせると思うが」
「……だめだ……リズレッド……そいつの言うことを……聞くな……」
「具体的な策案も持たず反論するのは子供のすることだよ。君はそうやっていつも理想だけを掲げて生きてきた。その結果がいまの状況なんじゃないのかい?」
あくまでも優しく諭すような口調で奴は語った。
あまりにも反論の余地がなく、事実だけを述べた言葉だった。
リズレッドとつばぜり合いをしていた男が、オクトーに向けて静かに声を放った。
「俺の目的は知っているな」
「真の強者との戦い、だろう? だからこうして彼女をその境地に招待しようと言うんだ。いまのままでは、彼女はまだ君に及ばないようだからね」
「……」
「代わりと言っては失礼だが、そこの彼に引導を渡してあげたまえ。どうやらすっかり戦意を喪失しているようだ。これ以上この舞台に彼を上げ続けるのは、見えいて忍びない」
そう言うとオクトーは手振りで男に指示を出した。
男がこちらを一瞥し、ひどく興味のない素振りで剣を抜いた。
さっきまでのリズレッドの戦いとは打って変わり、全く心を動かす余地のない代物を見たかのような様子だった。
ここまで全力で自分のやるべきことをやってきたつもりだった。息が切れるほど長く走り続けてきたつもりだった。
だけどそれは、真の強者から見ればただの児戯で、一瞬こちらに目をやるだけで興味を失う程度のものでしかなかったのだ。
その証拠が、俺に目もくれず彼へと向き合うリズレッドだった。
彼女を守る? 笑わせる。
オクトーと対峙している? 都合の良い解釈だ。
彼女はどちらが本当に自分の未来を切り開く人間かどうかを、正しく判断しただけだ。
戦うまでもなく戦意を喪失するような弱い俺と、人のすべてを見通して、なおかつ魔法使いとしての力量も遥かに上。その上、彼女に新たな成長を約束するオクトー。
なにもかもが俺の独り相撲だった。
この場で俺だけが、状況を正しく判断できていない未熟者だった。
ならせめて、ここから大人しく去るほうが……。
男がなんの感情もなく剣を構え、俺の首へと刃を立てた。
振り抜く動作すら必要ないという意思の現れ。お前の首など、反動をつけずとも骨ごと両断できるのだという高みからの評価。
にわかに柄に力が込められたのを感じ、次の瞬間にはゲームオーバーの文字だけが目の前に現れる覚悟をした――そのとき。
「……その人は……殺させない……」
静かな声音が耳に届いた。
オクトーのそれとは違う。氷のような整然さではなく、深緑の森のような静謐さ。
自分への失望と絶望で脈打つ心臓の音も、轟々と燃え盛る炎も、全てが彼方へ遠のいた。
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