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 火や氷を自在に発生させる魔法がありふれた存在として広まっているこの世界でも、範囲魔法だけは特別なのだ。向こうの世界で例えるならば、ライターやガスボンベは普通に買えるけど、ミサイルを一般人が気軽に買えていいわけないだろ、というようなものだろうか。もっともそのライターやガスボンベに該当するファイアなどの魔法も、数十年前までは教会の威厳を高めるために秘中の技術とされ、一般人が継承など行えるものではなかったらしいが。


 ――まあそんな訳で、俺たちはエイルが範囲魔法を継承しているとルームで聞いたときは、それはもう驚いた。虚偽という可能性もあったが、プレイヤーネームを晒してそのようなことをすれば、後々どんなことが待っているかは想像に難しくなく、結果、それが真実だと信じて作戦を練ったわけだ。そしていま、眼前でその判断が正しかったことを、実演して彼が立証してくれようとしていた。


 俺たち四人が後退するのと、エイルがそれを発動するのはほぼ同時だった。

 唐突に四方を壁が囲まれている部屋のなかに、肌を撫でる風が吹いたかと思うと、それは瞬きする間もなく場を吹き荒れる突風と化した。


「《スモール・ゲイル・シリンダー》」


 エイルの声とともに突風が圧縮され、渦となって天井まで伸び上がった。まるで床と天井を設置された、極太の円柱のようだ。鋭い円月輪を思わせる渦が、激しく回転し、先ほどの風音とは違う鋭利な音を立てる。そしてその音に混じり、突如発生したこの凶悪なミキサーの具材となった虫たちの断末魔の鳴き声が聞こえる。


「うわぁ……」


 俺たち四人が時間稼ぎのために倒した子蜘蛛の総数なとあっという間に塗り替えていく範囲魔法の凶悪さに、思わず声が漏れた。いいなこれ。俺にもあとで継承させてくれないかな。

 どうやら同じ感想を他の三人も抱いたのか、その光景に息をのむ様子が伺えた。鏡花、良かったな、グランドール騎士団に範囲魔法を使える奴がいなくて。

 というか皆んなと戦っていてわかったのだが、このパーティ、かなり平均レベルが高い。無作為に募ったメンバーのわりに、かなりの質が確保されている。我ながら悪運だけは強いようだ。


「すごいなエイル。こんな魔法を使う召喚者、いままで見たことがないよ」

「いえ、そんな……っ! ラビさんのファイアや、先ほどの鏡花さんの攻撃を防いだ身のこなしに比べれば、全然大したことありませんよ!」


 だが、なぜか彼も謙遜し、先ほどの俺の戦いを賞賛してくれた。

 詠唱なしのファイアと拙い疾風迅雷が、彼らにはそれほど強烈に映ったということか。あれだけの範囲魔法を見せられたあとでそう畏まられると、むずがゆい気持ちが湧いてどうにも落ち着かない。

 しかし敵はそんな心の機微など、当たり前だが待ってはくれない。先ほどエイルが放ったかまいたちの嵐で大きく減った自軍を補充するように、次々と壁の割れ目からは新手の蜘蛛が湧き出していた。それを見て、軽くめまいを覚える。蜘蛛のなかには一度に千個ほどの卵を産む種もいるらしいが、アラクネもきっと、まさにそれに等しい数を産み落としていたようだ。


「エイル、さっきの範囲魔法……スモールって名前が付いてたけど、もっとデカいのを使うこともできるのか?」

「申し訳ありません。僕の力量ではまだこれが限界で……。それにもし使えたとしても、これ以上大きな範囲魔法になると、室内で使うには危険すぎるかと」

「……ああ、そうか。確かに部屋ごと崩壊でもしたら、こっちもあの世行きだもんなぁ」


 ……あれ、でも俺たちは死んでも生き返れるわけだし、それはそれでありなのか?

 一瞬そんな考えがよぎったが、すぐに間違いだと気づいて顔を横に振った。いま、全員の拠点はこの監獄に設定されている。再ログインしても何度もここに蘇る仕様だ。そんな大事な場所を崩壊なんてさせたら、最悪の場合ログインできなくなる可能性がある。打ち壊したいほど憎いこの監獄だというのに、崩壊させてはいけないとは、なんという皮肉だろう。


「わかった。じゃあエイルはもう一度詠唱を開始してくれ。残り何発いける?」

「それが……すみません、残りはあと一発が限界で……」

「オーケー、わかった。じゃあもう一発打ったら、動きを止めてすぐに自動回復を開始してくれ」


 ALAには仕様として、一定時間無挙動を保ったら少しずつHPとMPが回復するオートヒールの効果が実装されている。ここら辺は向こう側の世界でも同じ仕様なので感覚的に掴みやすい。


「ええっ、でもそれではその間、僕は全くのお荷物です! MPがなくなり次第、物理攻撃で先頭に参加したほうがいいのでは?」

「いや、エイルの範囲魔法ならウェイトを考えてもお釣りがくるほどの損耗を向こうに与えられる。それに魔導師なら、近接戦にはあまり慣れてないだろう?」

「う……」

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