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「処置完了です。強さを自負するだけのことはありますね。思いの外HPは減っていないようでした」

「アミュレ! 良かった……やっぱりあれは不意打ちが効いただけで、そこまでダメージは入ってなかったんだな」

「そうですね。ただもう一撃入っていれば、もしかしたら神の元に還ってたかもしれかませんが」

「……それはつまり、HPが半分は削れてたってこと?」


 恐る恐る訊くと、アミュレはなんとも判断に困る笑みを浮かべた。


「ラビさんの凄さが理解されるのは嬉しいですが、今後はもっと気をつけてくださいね。流石に僧侶として、あそこまでボコボコにするのは見過ごせませんから」


 ボコボコと言われても、一撃しかまだ加えてないんだけれど。

 けれど彼女はきっと、真剣にそう頼んでいるんだ。天に還った友達の代わりに僧侶として生きることを決めた彼女にとっては、相手が誰であろうと傷つくのは嫌なんだろう。


「わかった、ごめん」


 アミュレが、わかれば宜しいといった調子で胸を張った。

 そして次には、俺たち四人を取り囲むように観客が輪を作った。


「気にするな兄ちゃん! あいつはあんなことでくたばるタマじゃねえ」

「そうそう、というか負けたあいつが悪いんだあいつが!」

「オヤジ、酒もう一杯追加だ! こんな日は飲むしかねえぜ!」


 力を示せば認められる。それがこの都市の掟のようで、さっきまで冷ややかな目を向けていた男たちまでも、すっかり熱にほだされている様子だった。

 その生き方は、正直居心地の良いものじゃなかった。あの日、俺が手をかけてしまった男の生き様と似ていて、自分がいつのまにか彼に侵食されてしまったような気がして。でも、


「ようこそ船団都市のギルド、通称『アラナミ』へ。強者は歓迎するぜ」


 主人がそう言って、山ほどのクエストの束を机に乱雑に広げながら言った。にっと、ところどころ抜けがある白い歯を輝かせながら。

 広げられた羊皮紙に記された褒賞金を一瞥すると、どれも最低限の生活をするには困らないものだった。


 生き方を選べるほど、俺たちはこの都市で盤石な基盤を築いているわけじゃない。

 もちろん、故意に人に危害を加えて金を得るという行為をするつもりはない。だけどこのいっときだけは、強者を屠ったことによる美酒に酔っても良いのかもしれない。


「アラナミが持ってるすべての依頼書だ。好きなものを選べ」

「いいんですか?」

「言ったろう。全ては俺の匙加減だって。単純な力だけを見てたわけじゃない。お前という男がだれだけの器かを見ていたんだ。それでお前になら、どれを選ばせても問題ないと判断した」


 まるで悪い取引でもしているかのように、主人がにやりと笑いながらそう言った。

 だけど流石に、いまのでクエスト全開放はやりすぎじゃないだろうか。この人、わりとノリで全てを決めるタイプだ、絶対。


「マスター、今日はいつにも増して活気があるな」


 事態もひと段落し、居心地の悪かったギルド『アラナミ』に少しばかりの馴染みを覚え始めたとき、ひとりの声が響いた。

 周りの胴間声で囃し立てる男たちとは違う、静かな声だった。ソファに深々と腰を下ろして、ワインでもくゆらせているような光景が目に浮かぶ声だ。


「……どうも。今月分のシャバ代なら、もう払ったと思うが?」


 主人の様子が露骨に変わった。全身から警戒の気配が放出されている。


「そう邪険にしないでくれ。俺はただ、愛しい都市の仲間たちがわいわいやってるのを見て、少し立ち寄っただけだ」


 男は肩をすくめながら、困ったように笑っていた。

 薄暗い家屋から外を覗く形のため、容貌が逆光の眩い光と濃い影でよく見えなかった。


 けれど湧いた。この男は、決して止まることはないだろうという直感が。

 静かで穏やかだが、自分の歩む道を断じて譲らず、そして停止することもない。

 進む先にどんな障害があろうと歩調も変えなければ方向も変えない。ただ静かに、穏やかに、すべてを押しのけて真っ直ぐ歩む。


「クラッカーカンパニーだ」


 オズロッドが後ろから静かに囁いた。

 極力気持ちを込めないように注意しているんだろうが、そこからは有り有りと嫌悪の気持ちが感じられた。

 男がふいにこちらに顔を向けた。


「そこの紳士と淑女が今日から加わった新しい仲間か。ようこそ船団都市へ、歓迎しよう。ここは海の楽園だ。短い付きあいになるそうだが、太い付きあいをしよう」


 屋内に入り、こつこつと靴を鳴らしながら歩み寄る。

 逆光が薄れ、陽の光が注がぬギルドの中へと入ってきたと思うと、彼は俺の目で立ち止まり、手を差し出してきた。一瞬びくりと体が反応しそうになったが寸前でこらえた。ナイフを握り、突き刺されるような直感を抱いたのだ。だが彼の手には何も握られていなかった。指は五指とも開かれ、何も持っていないということをアピールするかのように手のひらを見せている。遅れて、相手が握手を求めているんだということに気づいた。


「どうして俺たちのことを?」


 ここで挨拶を拒むのは悪手だ。オズロッドが教えてくれた。こいつがあの……人の売買にも手を出している、危険な組織の一員なのだと。だったら乗船早々、目立った行動はしないほうがいい。

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