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 そう言うと初老の男がカウンターから身を乗り出してこっちをまじまじと見た。

 鑑定眼を使うときのアドさんのほうがまだ視線が優しいと思えるほどの、ギラついた眼光が俺に刺さる。


「なら、いっちょ勝負といこうか」

「……へ?」


 思わず調子の外れた声が出た。

 面接会場で相手からの質問を予想しているときに、ふいに勝負だなんて言葉が出たら誰だってそうなるだろう。


「俺は自分の目で確かめた奴にしか仕事は振らねえ。クエストのランクも俺の判断で割り振ってる。それがここのギルドの掟だ」


 なんとも職権乱用甚だしいが、腕を組みながらそう語るオヤジと言われる人物は、そこに絶対の自身があるようだった。

 周りの冒険者たちも、それを囃すようにコールを送っている。


「いいぞいいぞ! やれやれ!」

「頑張れよ優男! 腕の一本くらい折られたからって泣くんじゃねえぞ!」


 みんな、突然始まったショーに大いに湧いていた。

 その中から一人のバンダナを巻いた男が立ち上がった。オズロッドよりは小さいが、それでもあっちの世界で出くわしたら、すくみ上るほど鍛えられた筋肉と二メートル近い身長をした男だった。


「オレにやらせてくれよマスター。なに、少し遊んでやるだけさ。この都市に来たばかりのひよっこに本気なんて出さねえ」

「あー……俺は最低限、生活に困らない金さえ貰えればそれでいいんだけど。ひよっこが受けれるクエストってないんですか?」

「ねえな。陸のギルドはどうか知らんが、ここにはそんなもんはねえ。戦うのが嫌なら、せめて体をこいつら並みにでかくしてから出直してきな」


 それは、『灰色の聖地』に着くまでに備えられるものなんだろうか。


「じゃあ、仕方ないな」


 ため息を吐きつつ腰に下げたブラッディスタッフを掴んだ。

 レオナスとの戦いで相当痛んでおり、この都市で適当な武器とアビリティの入れ替えを行いたかったんだけど、まだすぐに壊れるということもないだろう。


「武器の使用は?」

「どうぞお構いなく。命がけの仕事をする奴の腕を計るのに、素手のこだわる理由なんてねえ」


 主人が肩をすくめながら告げた。

 ……良かった。なるべくなんてことないように言ったけど、魔力を力に変換するこの杖がなければ、俺がこんなフィジカルモンスターに勝てる要素なんてないからな。


 気づけば俺たちの周囲は人はおろかテーブルや椅子さえも避けられ、簡易の闘技場じみた様子になっていた。

 この手慣れた感じ。どうやらこういったことは、ここでは日常茶飯事のようだ。


「彼女の前で格好悪いとこ晒しても、泣くんじゃねえぞガキ」

「お気遣いなく。格好悪いところなら、毎日見せてますから」


 互いの視線が正面から衝突した。

 こいつが口だけの男じゃないことは、鍛え上げられた体と眼光から見て取れる。

 だったら俺も、持てる限りの力を振るうのが礼儀だろう。


「それじゃあ用意……はじめェエ!」


 化鳥のような主人の掛け声が戦いのゴングとなった。

 先手必勝。俺は右脚に力を込めて、兄弟子から譲り受けたスキルを発動させる。


「『特攻槍撃ストライク・ブレイク』」


 まずは距離を瞬時に詰めて、相手の虚を衝く。

 無論、相手は二の矢三の矢を放ってくるだろうが、そこは出たとこ勝負だ。相手のデータがない以上、この技にどう対処するかなんて予想のしようもない。


 細心の注意を払いながら、一筋の弓矢のように跳躍した。

 だがその結果は、俺の予想もしないものとなった。


「――ごぶッ!?」


 ……ごぶ?

 ギルドの広場に、聞きなれない奇妙な声が響いた。

 腹の空気を無理やり外へ押し出されて、たまらず漏れたような声。


 次いで、自分の杖が相手のみぞおちに深々とめりこんでいるのを見た。

 それを理解した瞬間、俺は目を白黒させた。この技はいままで、攻撃というよりも距離の調整に使っていた技だ。あの世のバーニィはご立腹かもしれないが、特攻槍撃ストライク・ブレイク自体が決め手になるような場面はそう多くなかった。

 だがその希少な場面が、眼前で展開されていたのだ。


「あ……が……が……」


 男はなおも不思議な嗚咽を漏らしながら、体を痙攣させながらふらりと体勢を崩した。

 観客に紛れたアミュレが駆け出すのと、男が膝をつき、盛大に地面へ倒れこむのは同時だった。


「『小癒光ヒール』!」


 彼女が両手を掲げて癒術を唱える。ぽう、と優しい翠光が男を包み、悶えていた声は次第に小さくなった。


「……ラビ、もう少し手加減してやっても良かったんじゃないのか」

「……鬼……」


 後ろから、同じように観客から抜け出してきたリズレッドと弔花が呆れたように告げてきた。だが、


「――す」

「すげぇぇええええええッ!!」

「見たかよ今の。豪腕のガイエンを一撃だ! 一体何者なんだあいつ……!?」


 彼女たちとは真逆に、ギルドの冒険者たちが歓喜の声を上げた。

 ギルド全体が湧き上がるような、凄まじい盛り上がりだった。


「いや、みんな……もう少しこの人のことを心配してやっても……」


 不憫になり思わず漏れたそんな言葉は、燃え上がるギルドの熱にあてられて、一瞬で蒸発するかのごとく消えた。

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