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それが自身のシンボルマークだと言うように、腕に力こぶを作って必死のアピールをする。
アミュレは自分が癒した人間の顔はすべて覚えているため、半分は冗談のような様子だったが、弔花は本気で首をかしげていた。
アイリスにさりげなくフードをかぶせてから、オズロッドが溜め息まじりに言葉を発した。
「人の家の前で聞き耳を立てるとは、お前らしくもないな」
「そうだ、俺は昨日までの俺じゃない」
「……で、なんの用だ」
「用があるのは、あの白髪のガキにだ」
「ラビに?」
ガイエンが腕を組みながら、少しだけ遠い目をしながら語り始めた。
「俺は自分を見つめ押したのさ。ここで言う見つめなおしたってーのは、鏡を見て身なりに気を使ったって意味じゃねえ。自分自身の弱さを直視したのさ」
いきなり現れたかと思えば仁王立ちで公演を始めた大男とに、アミュレがオズロッドへ目線を投げて告げた。
『あの、私たち急いでるんですけど』
『こいつがこうなったら、当分はこのままだ』
言葉は交わさずとも、両者の言いたいことは伝わった。
アミュレはいまこのときジャスたちが襲ってこないことを願いつつ、仕方ないので周囲に気を配ることで演説の終了を待った。
幸い、家の周辺には誰の気配もない。アイリスは夜も遅いからかときおり首をもたげては、眠気で目を瞬かせている。
「……つーわけで、俺は自分の筋肉を裏切った自分自身に絶望し、それを打破するために血のにじむ修行を重ねたってわけだ」
「そうですか、とても感動しました。ではそろそろお引き取り願ってもいいですか?」
「いや、まだだ。俺はまだ筋肉に赦しをもらってねえ。こいつはあいつと、再び勝負をして勝たねえ限りはどうしようもねえ問題だ、そうだろ?」
聞く耳は持っているが、訊く気はないといった具合だった。
それからもガイエンはラビとの再戦を求めて高らかに意思表明を示し続けた。ここにジャスたちが押し入ってきても、呆気にとられて黙り込んでしまうのではないかと思われるほど、彼の独壇場だった。
だが彼がいくら望んでも、当のラビ本人はいま。この世界にいない。もっとも彼は、こういった手合いの相手は苦手らしく、たとえ面と向かって再選を試みられても拒否するかもしれないが。
アミュレはしびれを切らして、話と話の間にすばやく割って入り、切り込んだ。
「申し訳ないですが、ラビさんはいまこちらの世界にはいないです。外で聞き耳を立てていたなら事情は知っているでしょう」
「ああ。そしてそこの黒髪のお嬢ちゃんがあのガキと直接会える唯一の鍵だってのもな」
「……それで、そこまで知ってなにを所望するつもりですか?」
「とっととあのガキを連れ戻してこい。それだけが」
それが言いたかったのだ。と言わんばかりに、ガイエンは腕を組んでふんと鼻を鳴らした。
「いまラビさんは傷心のなかにいます。無理な復帰をうながせば、どんな結果になるかわかりません。それを知ってるから、弔花さんも一度こちらに戻ってきたんです」
「人間なんて歩いてりゃつまずいて転ぶこともあんだろうが。そっからどれだけ早く立ち上がるかが、勝負の分かれ目だぜ。……それに、もうそんな悠長なことを言ってられる感じでもねえ」
「どういうことですか?」
「街の空気がな、どうもおかしい。前まで王船は――もっといやオクトーは、いけすかねえ貴族の筆頭みたいなもんで、街の奴らも嫌ってたんだ。だがジャスたちの手下を公開処刑してから、がらっと流れが変わった」
「手下?」
「ケチなスリ野郎だ。まさかあいつがジャスたちと繋がりがあるとは思わなかったが、なんにせよ、いままで反発していた奴がこっちに味方したってんで、一気に嫌われ者から英雄にクラスアップってわけだ」
「単純すぎますね……」
呆れながら告げるアミュレに、オズロッドがなだめ口調で言った。
「そう言ってやるな。ここは外部との接触がない分、内の変化に敏感なんだ。根も葉もない噂でも、一晩で街中の奴らに伝達される」
「隔離されたコミュニティではよく起こり得ることですが……人を殺して結束を固めるというのは、飲み込めるものじゃありませんね」
「そんな感情すら、こういった狭い場所じゃ忘れがちだ。海の流れに逆らえないように、そのときの雰囲気に感化されない奴は少ない」
「でも、でしたらなんでガイエンさんは?」
「こいつに雰囲気を読むのは無理だ」
アミュレはさもありなんと天井に顔を向けた。
要するに、この男がここに来たのは偶然ではなかったのだ。
街はすでにオクトーがすっかり掌握してしまったらしい。いぶかしんでいた人物が、一転して自分たちの味方になれば、人の取る選択は3つ。疑うか、そのまま静観するか、そして――悪感情がバネとなり、度を超えた高評価を下すか。街の個々人の選択がどうだったかはわからないが、街全体の決定は、どうやら高評価に判を押したらしい。彼女の生まれ故郷であれば、迷うことなく第一選択肢を取る。彼女自身、この状況ではそれが最善だと思い、そしてそれが悔しかった。
「人の心の好きに付け入って、自分は動くことなく思いのまま周囲を操作する」
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