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「――」
そこで息をのんだ。
リズレッドの髪や皮膚の一部が、赤い結晶となっていた。
目視ではっきりと確認できるようなものはないが、ところどころがきらきらと輝き、まるでそういった類の化粧をしているようだった。
最初、それは張り付いたガラスの破片のように見えたが、それにしては表皮に止まらず、なかには薄皮一枚隔てた内部で輝くものすらあった。
「リズレッド、それは」
たまらず聞くと、彼女はただ穏やかに笑いながら言った。
「気にするな。昔習得した無茶な技を無茶な状況で使ってしまった、その代償だ。人間では使用を許されない神位スキルを使うと、肉体がそれに耐えきれずこうやって結晶化するんだ。心配しなくても、代謝でそのうち落ちる」
「そのうちって……」
この状況で、そんな時間あるはずがない。
肉体の一部が結晶化した状態で、満足に動けるはずなんてない。
いや、それどころか……少し動いただけでも、顔を歪めるような鋭痛を伴うはずだ。
でもそんな状況をおくびにも出さず、リズレッドは笑っていた。
誰にも心配をかけないように。気取られないように。
――情けない。
それを知って心の底から湧いたのは、自分自身に対する怒りだった。
無謀な一手を打って自滅して、満身創痍の憧れの人に介抱されて、挙げ句の果てにその人を死地に向かわせようとしている。
なにが彼女と肩を並べる戦士になるだ。
そんな目標を掲げることすら、いまの俺にはない。
でも、だからこそ。
「――俺も行く」
いまの俺を超える瞬間が、いまなんだとわかった。
「――俺も、リズレッドと一緒に戦う」
その言葉を聞いたリズレッドが、きつく諭すような口調で言った。
「ラビ、君はもう戦える状態じゃない。まさかもう一度『トリガー』を使うつもりか? 私がいるから、もう暴走はしないと? ……残念だが、いまの君の体力と精神力では、たとえ暴走しなくてももう一度使うことは命取りだ」
「わかってる。だけど、このまま守られるだけで終わったら、俺は一生リズレッドに追いつけない」
「君ならできるさ」
「追いつく相手が、いなくなってもか?」
「……」
「立ち止まったリズレッドの居場所をゴールに、そこを目指すなんてまっぴらだ。リズレッドも俺と一緒に歩いてくれ。その上で、必ず肩を並べてみせる」
決意表明のように一気に言葉を放った。
それが心からの願望だと、彼女に余すことなく伝わるように。
こんなぼろぼろで、あまつさえ彼女に介抱されている状況でこんなことを言っても、格好つくものでもないけど。
それでも一緒に戦うためには、こちらの全力を彼女にぶつける必要があった。
それを聞いたリズレッドはじっと俺を見つめた。
そしてほんの少しの間断を置いてから、小さく息を吐いた。
「それは、どうにも腑に落ちないな」
さっきまでの声音とは違う、どこか調子の外れた声だった。
「え?」
「それでは私が、まるで足が遅い
そう言って彼女は笑った。
ひとりで戦うと告げたときの、ふとした瞬間に消え去り、永遠にどこかへ行ってしまいそうな微笑みではなく、ただおかしくて笑う年端の女の子の顔で。
失礼な物言いをしてしまったと思い、慌てて付け加えた。
「俺が全力で走ってるってだけだ」
こんな意思表明をしつつも膝枕をされている状況が悪かったんだろうか。
力を込めて起き上がりつつ、その途中で弁明した。
体はいつの間にか、ぎこちないながらも制御を取り戻していた。
彼女は俺の頭が乗っていた自分の膝に手を添えて、
「私も、全力で走り続けるさ」
ただ静かに、そう告げた。
振り向くと、彼女の瞳と視線が交わった。
明確な意思が、綺麗な紺碧の双眸に乗って俺へと伝えられた。
「……」
それ以上の言葉はいらなかった。
互いに立ち上がり、各々の武器を手に取った。
エルダーの宝剣にして勇者の証である薄明の剣と、すっかりぼろぼろになってしまったが、俺の魔力を攻撃力に変えてくれる杖を。
しゃん、という短く鋭い音を奏でて白剣が鞘から引き抜かれた。
同時にブラッディスタッフに炎を宿し、刀身を形成した。
長期戦に持ち込むつもりはない。だから最初から、光刃の第二形態で。
『全く……お前らは。あまり年寄りに無理をさせるな』
俺たちの気配を察した白爺が、よろけながら後退してきた。
思わず目を背けたくなるような傷跡が幾重にも刻み込まれた、満身創痍の状況だった。
絶望的な状況だった。
こちらの戦力は等しく損耗しているの対して、あいつはいまだ健在で、さらに捕食を行えば傷はたちどころに消えてしまう。
――だけど、なぜだろう。
「ありがとう、白爺。あとは後ろで休んでいてくれ」
こちらの準備が終わるまで、たった一人で持ちこたえてくれた彼に感謝をしながら、言った。
――なぜだか、隣にリズレッドがいるというだけで、どんな絶望にも抗える気がした。
「ここからは俺たちが」
俺とリズレッドが同時に前へと進み、傷ついた白老の戦士とスイッチするように陣形を入れ替えた。
ひとりで始まった言葉は、やがて重なり、
「「こいつと決着をつける」」
それが最終決戦の狼煙となった。
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