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そのとき、遥か後方でけたたましい笑い声が響いた。この場に似つかわしくないほど愉快そうな、耳に障る声だった。


「ひゃーはっはっは!! 正義の味方ツラして出てきやがったなラビィ!! だが俺たちが潜んでいたことには気づかなかったみたいだな! ざまァみやがれ!!」


 振り向くと、大手を振って笑う金髪の男が岩陰から姿を現してた。俺はその姿に覚えがあった。初めてゲームをプレイをした日、シューノの街でリーナをモンスターの餌にしようとした、あの忌々しい男――レオナスだった。だが岩から現れたのは一人だけではなかった。隠れていたんは二人だった。そして驚くことに、もう片方にも俺は見覚えがあった。


「ノートン……!」


 ノートンは腕をこちらに掲げたまま、横にいるレオナスをしかめた顔で睨んでいた。その表情の意味を読み取ることはできないが、あのポーズは魔法を放つ際の発動姿勢で間違いない。……つまり、俺を撃ったのは奴だ。


「チッ、馬鹿め。目立ってどうする」


 忌々しげにそう吐き捨てるノートン。そこで納得がいった。本当ならば陰に潜んだまま、ロックイーターを援護して俺たちが殺されるところを楽しもうとしていたのだ。だが横にいるレオナスはそんな大人しい性格ではない。あの一件以来、奴と会っていないが、性格はよくわかる。間違っても姿を隠したまま、事が上手く運ぶのを傍観していられるタイプではないのだ。


 殺すのなら自分の手で。それができないのなら、相手にたっぷりと自分という恐怖を植えつけた上で行うような男だ。何故あの二人が一緒に行動しているのかはわからないが、ノートンは肝心なところで仲間を推し量り損ねたようだ。


「ハァ!? 馬鹿かよ! こういう場面で登場しねえと、奴の絶望したツラが拝めねえだろうがノートン!! 見ろよ、今あいつは作戦が狂って打つ手なしだ! 最高に笑えるぜ!!」

「ロックイーターの機動力を甘く見るな。奴がその気になれば、僕たちすら攻撃されかねないんだぞ」

「別にいいじゃねェか。俺は死んでも生き返れるぜ」

「僕はどうなる!」

「知らねェよ! 俺たちは仲間じゃねえ。俺は召喚者もネイティブも好き勝手いたぶりたい。お前はウィスフェンドの奴らに復讐したい。お互いのニーズが合致したから、一時的に手を組んでるだけだろうが!」

「……チッ。大体、エルフの姿がないぞ。お前はそいつを殺すのが目的だったんだろう」

「ハハッ! 大方、どこかで反撃のチャンスを伺ってるのさ! おーいリズレッドちゃん! 早くしないと大切な仲間が殺されちまうぞー!! ひゃっははははッ!!」


 腹を抱えて笑うレオナスに対して、ノートンは面持ちは緊張が見て取れた。それはそうだろう。戦場の渦中から離れてはいるものの、ロックイーターがその気になれば、自分たちですら標的になりかねない距離だ。命がひとつしかない彼の生存本能が、危険信号を発しているのだ。


 だが俺はそれよりも、レオナスが放った一言が許せなかった。


「リズレッドに危害を加える気か……!」

「ああ、俺は人が大事にしてるものをぶっ壊すのが好きなんだ。特に気に入らねえ奴が大事にしてる物なら最高だぜ!」

「リズレッドは物じゃない!! それにお前程度にどうにかできる相手じゃないぞ!!」

「わーってるよそんな事は! だからこうしてお前を窮地に立たせて、向こうの動揺を誘ってるんじゃねえか。いるんだろ、この岩場のどっかによォ? お前たちいつも一緒に行動してやがるからなァ!」


 俺は沸騰しかけた頭を、なんとか冷静にさせることに努めた。ここで熱くなっては昨日の二の舞だ。相手の挑発に乗るな。ここで乗ればホークを含めた他の兵士二人を助けられない。そして、アミュレにすら危害が及ぶかもしれない。


 怒りの熱を追い出すようにかぶりを振ると、俺はこの場から生き残る道を模索した。

 状況は最悪だ。まず竜蟲との彼我の差は圧倒的である。まともな戦術ではたちまちの内に殺されてしまうだろう。では離脱は可能か? これも不可能だ。疾風迅雷を発動すれば敵を撒いて逃げることはできるかもしれない。だがそれでは、ホークたちを置き去りにしてしまう。後方にいるアミュレを抱きかかえて逃げる程度が、ある程度の速度を保ったまま走れる限界重量だろう。


 逃がせる定員は一人であり、この場には兵士たちとアミュレ、四人の生存者がいた。そもそも後方にいるレオナスとノートンが、大人しく退却を許すはずがない。


 ……では逆に、この場において未だに残る希望の道筋はなんだ? すぐには思いつかなかったが、無理やりに頭を働かせ、どんなか細い可能性でも良いので、この窮地を脱するための道を探った。


 まず最初に浮かんだのが、まだ《罪滅ボシ》が使用可能ということだ。不幸中の幸いだが、発動前に魔法で阻止されたために弾を消費せずに済んだのだ。こいつが命中すれば奴のHPを削りきることが可能かもしれないし、それができなくても、兵士たちが自力で逃げる隙を生まれるのではないだろうか。そしてもう一つの可能性はホークという、まだ動ける人員がいること。彼は俺よりもレベルは上だろう。回復さえすれば、ロックイーターを一瞬だけ引きつけることができるかもしれない。

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