10

 遠くに浮かんでいた大船団は、気づけばそのシルエットを大きなものにしていた。

 どうやら気づかないうちに、だいぶ話し込んでしまっていたらしい。


「あの船で……どれくらい航海するの?」

「アステリオスさんから聞いた話だと、大体一ヶ月くらいらしい。食料や生活必需品はあの中で全部流通してるらしいから、好きに調達してくれってさ」


 なんでもあそこは海に浮かぶ都市と言えるらしく、娯楽や工業、果ては私設のギルドまがいのものまで運営されているらしい。

 この世界の航海技術を考えるともはや神が与えたもうた技術のような気もするけど、実際のところはわからない。

 アミュレが言っていた、あの都市の原形を作った海賊というのはどういう人間だったのか。それをこの航海中に探るのも、楽しいかもしれない。


 しばらく甲板で、これから訪れる巨大な都市を眺めていた。けれどやがて、照らす太陽とそれを反射する海の光がまぶしくて、ふたりで船の中へと入った。

 犯罪者たちが作り上げた、各国の目が届かない外法の都市。まるで人殺しとなった俺ごと吸い寄せるように、船はまっすぐそこへと向かっていった。


「そろそろ着くぞ」


 それから数十分後、案内人の男が入り口に手をかけながら、船内で休憩していた俺たちに告げた。


「忘れもんすんじゃねえぞ」


 そう言って着港の仕事へ向かった男に続くように、四人全員が甲板へと上がった。

 そして、全員が声を失った。


「――」


 それはまさしく島だった。

 遠くからだけでなく、こうして間近で見てもなお信じられない。

 子供の頃、大昔に放送されていたひょうたん型の移動島の動画を資料館で見たことがあったけど、ここがまさにそれだった。

 土もあって、その上に木も生い茂っている。唯一それが船と捉えられる箇所は、こうして外から見える断崖が、古めかしい木材でできているということだけだった。


「一隻の海賊船から始まった荒くれの根城が、百年の時をかけて他の船とつなぎ合わさって、ここまで巨大なものを作り上げたのか」


 リズレッドが関心したように言った。


「まずは宿の確保ですね。外客を招き入れることが滅多にないらしいので、そんなものがあるかも怪しいですけど」

「ゆっくりと落ち着ける……工房も欲しい……」


 工房つきの宿かあ、絶対ないだろうなあ。

 乗船する前から前途に多難を感じ、苦笑を漏らしながらも、心はどこか沸き立つものを感じた。


 大海原に浮かぶ巨大な船島。

 こんなシチュエーション、あっちの世界じゃ絶対にお目にかかれない光景だ。


 船は小高い船体の側面のなかで、唯一水面とほぼ同じ高さに設けられた船着場らしきところを目指していた。

 どうやらあそこが、船団の中と外をつなぐロビーらしい。


 大きな門が見えるそこへと船はゆっくりと進み、やがて波止場が目視できる距離まで近づいた。

 シューノのときと同じようにロープを渡して、あとは人力での着港作業だった。

 橋がかけられて向こうへと渡る準備が整うと、それとなしにリズレッドたち三人が、俺に先導するように目を配った。


 この船の成り立ちを思い起こし、少しだけ緊張しながら、それを悟られないように船を降りた。

 このパーティが初めてこの都市へ足を踏み出す、記念すべき一歩目だ。


「ようこそ、船団都市へ」


 後ろから、船に乗って荷まとめをしていた案内人の男が仰々しく告げた。

 眼前に広がる光景に、俺はとても不思議な感覚を覚えた。

 この異世界とも言えるALAの中で、さらに異世界に迷い込んだような感覚だ。


 直接乗船してみれば、確かにここが海に浮かぶ巨大な船の上なのだということがわかった。

 波に揺られて僅かに大地が揺れ、陸地にいたときとは比べ物にならない、凝縮された潮の匂いと日光が肌を焼いた。


「船団都市……」


 思わずオウム返しのようにここの名前を繰り返していた。

 船団都市。数多くの外法の住人が、自らの住処を提供しあって作り上げた、異形の大コミュニティ。


 外から帰ってきた人間を、そして来客を、ひとしく祝福するように、港には巨大な門が佇んでいた。

 鮮やかな紅で彩られ、幾何学な模様と、手の込んだ細工がほどこされたそれは、一見すると鳥居のようにも見えた。 


「海の男が外でついた邪気を払うための、ありがてぇ神門だ。ちゃんとくぐっていけよ」


 ちゃんとと言われても、これをくぐるしか他に都市へ入る手段はなかった。

 門の先は長い階段となっていて、そこ以外に丘のようにそびえる船体側面を登る手段はなさそうだった。


 ほどなくして船の着港作業を終えた男が後ろから追いつくと、俺たちは彼に先導されて門をくぐり、頭上に見える都市の入り口目指して階段を昇り始めた。

 階段は勾配がきつく、少し後ろにバランスを崩せば最下までなだれ落ちてしまいそうなほどだった。ここだけの話、あっちの世界の――翔の体だったら、昇りきれる自信がない。

 全く、つくづくこの世界の人たちは体力が化物だ。


「神門……ということは、あれもクリスタルと同じく、神物の類なのか?」


 リズレッドが顎に手をやりながら訊いた。


「いいや、それは俺たちが勝手にそう言ってるだけだ。ここに神様から授かった行儀の良いものなんてひとつもありゃしねえよ」

「ひとつも……だと」


 返ってきた言葉になにやら眉根を寄せて思案顔になる。

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