70

 人と魔物の二軍が、一つの目的地を目指して争う。

 プレイヤーを楽しませるために作られたその設定が――この世界で生きる彼女たちに、大きな不幸をもたらしているのだとすれば……その元凶は、間違いなく俺だ。


 需要があるから供給が生まれる。

 向こうの世界では味わえない緊迫感を楽しむために作られた世界が、こうした絶望を産んでいるのだとしたら。


「……俺は、神に一言言ってやらないといけない」


 神なら、善を救えと。

 指を加えて盤上の駒を眺めるようなことをしていないで、魔王に罰を下せと。


 だけど老トロールが語る神オーゼンという奴を、俺はよく知らない。

 ただ、人と魔物を故意に衝突させるような神だ。素直に話を聞き入れてくれるとは思えない。


 だったら――あの女神様はどうだろうか?

 この世界に初めて足を踏み入れたときに、色々と手ほどきをしてくれた女神アスタリアだ。


 彼女なら、オーゼンという神よりは話を聞いてくれそうな気がする。

 だけどそれは、言ってしまえばこの世界の在り方を大きく変えることを意味している。

 むろん、バルロンも黙ってはいないだろう。……というよりも、神に会える方法すら全くわからないこの状況で、そんな不遜な考えを持つのは、噴飯物と言われても仕方がない。

 けれどそれでも、少しでも彼女たちの絶望を取り払うことを成したい。

 そう考えることは、きっと悪いことではないはずだ。


「全く、君まで神に対してそんなことを言うつもりか?」


 傍のリズレッドが、厳しく咎めるように言ってきた。


「だって、神なら良い奴を救うのが当たり前だろ? なのに何千年も魔王を放置するどころか、わざと対決させようとしてる節まである。そんなの、一言言ってやるくらい許されるだろ」

「神は万能だからこそ、世界への干渉を最小限に留めているんだ。私たちが、自分で未来を掴む力を手に入れるのを望んでいるんだ」


 口論になりかけたそのとき、向かいに座る巨人が堪えきれなかったという風に吹き出した。


『ガッハッハ! 諦めろエルフ。召喚者に信心を説いても価値観が違う。馬の耳に念仏とはこのことよな!』

「……お前、本当に人間臭いな。さっきまで魔物の意識に引っ張られてたってのが嘘みたいだ。というか、よくそんなことわざ知ってるな」

『ふふ、大昔――まだ我輩が人の姿であった頃、お前と同じ異界からの遣いに会ったことがあってな。そこで色々と学んだのよ』

「異界からの遣い? ――それは、召喚者ってことか?」

『今風に言えばそうなるかの』


 白髭を撫でながら、懐かしむように語る老トロール。

 こいつが人だったときと言えば、例の大神樹が燃える前の、二千年以上前の話だ。

 当然、そんな時期にギルドは稼働しておらず、プレイヤーはひとりとしてこの世界にはいない。……だとすれば。


 ――開発者だ。


 ふたりには悟られないように、心のなかで呟く。

 考えてもみれば当たり前のことで、一般のプレイヤーへこの世界の門を開く前に、開発者がこの世界を調査に来るのは当たり前だ。

 自分たちが作り上げた世界を、育てた命を、己の目で直に見ないとわからないことも沢山あるだろう。


 おそらくは、老トロールの話から推測するに――それが、世界の黎明期。大神樹がまだ地に根を張り、神と人の距離が限りなく近かった神話の時代だ。

 お粗末なのは、その裏方仕事と言うべき調査の事実を、こうして二千年後の巨人が覚えていたという点だが。

 神の寵愛を最初に受けたエルフとドルイド。そしてそれに介入していた開発者。


 ――なんだか、俺がこの世界に浸り過ぎたせいかもしれないが、『娯楽として提供されたゲーム』という以上の意味が、ここには隠されている気がする。


「……そいつは、最後に一体どうなったんだ?」


 異界の遣いとやらは、当然調査が終わった後にこの世界を離れただろう。

 もしかしたら一介の召喚者に転生して、自由に自分の作り上げた世界を楽しんでいるのかもしれないが。

 なんの気なしに問いかけた疑問だったが、老トロールは沈黙しておし黙る。


「……? どうした?」

『……あやつも、最初は面白い奴だった。不思議な知識や生きる知恵を我輩たちに教えてくれてな。賢人と呼ばれるドルイド族だったが、あやつの博識さには何度も驚かされたものよ。……だがいつの日か、奴は狂った』

「……狂った?」

『自らの万能感に溺れたあやつは、次第に神にすら反抗するようになっていった。しきりに『いまなら制御できる』だの『管理権をこちらに渡せ』だの、うわ言を神へと呟いていた』

「……」


 そいつがどういう心境でそこに至ったかは、なんとなく想像がついた。

 この世界は完璧すぎたんだ。向こうの世界と同じように陽が天に昇り、雲が流れて、風が吹く。人は自分の意思で行動して生活を営み、連綿と子孫に繋いでいく。

 それを作り出した一員だという認識が、長くドルイド族と親交を持つ間に肥大化して、支配欲を肥大化させた。

 完璧に人間と同じ存在を、いまなら自分の思う通りに動かすことができると。


 ……正直、その気持ちを俺は、一瞬だけ味わったことがある。

 メフィアスとの戦いの最中で、すべての能力を倍加させるトリガーを始めて引いたとき……俺は、その感情すら増幅させて、呑まれた。

 いまもリズレッドがいなければ、制御なんてできやしないだろう。

 あれは人の根源的な感情だった。自分ひとりだけじゃ、どうやっても抗えない。……きっとそいつは、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る