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「……そいつは、ひとりだったんだろうな」

『そういえば、博識さからドルイドの女にも大層気を持たれていたようだが、本人は意に介していないようだったな』

「……それでそいつは、最終的にどうなったんだ」

『言うたじゃろう。狂った、と。……いよいよ神へと反抗する意思を固めた奴は、ドルイド族の若者を傘下に加えて、神への反抗を企てた。そこで使われた儀式が……』


 老トロールはちらりとリズレッドに目をやると、重々しく次の言葉を放つ。


『……これから勇者に与える儀式であり力。『精霊の儀式』だ』

「『精霊の儀式』? そいつはどういう儀式なんだ?」


 リズレッドにも与える、という言葉に思わず眉を寄せる。

 狂った開発者が考案した儀式なんて、考慮する必要もなく危険だ。


『奴も我輩たちも、その儀式を行い……その結果が、このザマだ』


 ……やっぱりな。

 巨人は自重めいた笑みとともに、自らの巨大な手のひらを繁々と見つめながら言葉を続けた。


『我輩たちも奴も、自惚れておったのよ。魔法という、他の種族は持たないスキルを持ち、そして外の世界から現れた男に智慧を教わり――そして今度は、神に成り代わろうとした』

「最初に言っとくけど、リズレッドにそんな危険な儀式をさせる気はないぞ。どんな姿になっても彼女は彼女だけど、魔物になるなんてもってのほかだ」

『案ずるな。白剣の所持者であれば、その身がこのような姿になることはない』

「どうしてそう言い切れる?」

『初めから、『半神の儀式』は白剣の所持者にさらなる力を与えるための儀式だからだ。……奴はそれを知っていて、それでも白剣なしで決行しおったのよ。むろん、我輩たちがその事実を知ったのは、すっかり体を醜く変体させた後だったがな。……万能感が油断を産み、自分と、それに付き従う我輩たちだけは大丈夫だろうと踏んだのだろう。だが――』


 巨人は地面に落ちた瓦礫のひとつを掴むと、大きな手の中で握り込む。

 パキパキと石の砕ける音が響き、手をひろげると、ぱらぱらと破片の粒が再び地へ落ちた。


『――結果はこの通り。言っておくが、人間だった頃の我輩は、決して腕の立つ戦士ではなかった。そういうのはバーバリアンの役目だったし、我輩たちは後方での魔法支援や、学識を得意としておった。……だが失敗した儀式を以ってしても、効果はこの通りよ』

「……だからって、」


 それでも、やっぱり俺は……そんな儀式を、リズレッドにさせたくはない。

 そう言いかけたとき、隣にすわる当人が、くすりと笑った。


「まるで君のほうが師だな、ラビ」

「え?」

「私はそんなに頼りなく見えるか? 奢った異界の人間と同じような末路を辿ると?」

「そういうわけじゃない。ただ、心配なんだ」

「気持ちは嬉しいし、ありがたい。けれど……私は、このままなにも出来ずに、君の荷物になることのほうが、よほど怖い」


 彼女の言わんとしている意味がわからず、片眉を上げて応える。


「荷物って、俺はそんなことを思ったことなんて一度もないぞ。というか、それは俺のほうだろ。レベルだって知識だって技術だって、なにひとつ俺はリズレッドに勝ててないんだから」

「……それは現時点での話だよ、ラビ」

「……え?」

「君は自分が思った以上の、とんでもないスピードで成長している。一年と少し前にレベル1でこの地に召喚された君が、いまではもう30を超えている。言っておくが、その域に到達できる戦士は相当少ないんだぞ」

「そ、そうなのか?」

「訓練を受けていない一般人なら平均でレベル6。一介の戦士でレベル15程度が妥当なところだ。君はたったの一年で、その倍以上の力を備えた。まったく、驚くべき才能だよ」

「いや、それは……」


 確かに、俺の現在のレベルは33。

 鏡花と決闘したときは32だったが、古代図書館で探索を行なっているうちにひとつ上がっていた。


 だけど、そのレベルが彼女達と同じ物差しで測れるものとは思っていない。

 なぜなら俺は死ぬことがなく、安全に魔物と戦うことができるからだ。


 そこら辺のゲームでも同じことだが、百時間で目的を達成してクリアできたからといって、それが現実でもできるというわけではない。

 ゲームのなかの俺は寝ることも死ぬことも――そして、危険に恐怖して立ちすくむこともない。

 言うなれば人間的障害をすべて取り払った状態の、最短ルートで進むからこその百時間クリアだ。


 このレベル33というのも、まさしくそれだ。

 まあ、あっちの世界とこっちの世界は時間の流れが完全に同じだから、睡眠だけは必要になるが。

 それでも魔物の猛威に気圧されることはあれど、生存本能を刺激するほどの恐怖を感じることはない。

 その差が、他のネイティブに対して突出したレベル差を生んでいるのだろう。


「……それは、俺が召喚者だからだ。言うなればズルだよ」

「それでも戦力は戦力で、凄いことに変わりはない。それに君は、トリガーという力を得て、『召喚者』という枠組みからも逸脱し始めているしな。もっともそれが、いまの私の悩みの種でもあるのだが。先ほどのように後先考えずに特攻しようとするのは、痛みを感じなかったころの名残だろうな」

「うぐ……」

「そんな君をたしなめるという意味でも、私も力を付けなくてはいけないんだ。再び同じような状況になったとき、また君を抑えられるとは限らないからな」

「俺がリズレッドの制止を無視して無茶すると?」

「おや、自覚はないのか?」

「……」


 根拠を列挙するには充分なほどの功罪があるのだが、と言いたげな顔で彼女はこちらに目を向ける。

 少しだけ意地悪な、茶化すような顔だ。

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