71
「……そいつは、ひとりだったんだろうな」
『そういえば、博識さからドルイドの女にも大層気を持たれていたようだが、本人は意に介していないようだったな』
「……それでそいつは、最終的にどうなったんだ」
『言うたじゃろう。狂った、と。……いよいよ神へと反抗する意思を固めた奴は、ドルイド族の若者を傘下に加えて、神への反抗を企てた。そこで使われた儀式が……』
老トロールはちらりとリズレッドに目をやると、重々しく次の言葉を放つ。
『……これから勇者に与える儀式であり力。『精霊の儀式』だ』
「『精霊の儀式』? そいつはどういう儀式なんだ?」
リズレッドにも与える、という言葉に思わず眉を寄せる。
狂った開発者が考案した儀式なんて、考慮する必要もなく危険だ。
『奴も我輩たちも、その儀式を行い……その結果が、このザマだ』
……やっぱりな。
巨人は自重めいた笑みとともに、自らの巨大な手のひらを繁々と見つめながら言葉を続けた。
『我輩たちも奴も、自惚れておったのよ。魔法という、他の種族は持たないスキルを持ち、そして外の世界から現れた男に智慧を教わり――そして今度は、神に成り代わろうとした』
「最初に言っとくけど、リズレッドにそんな危険な儀式をさせる気はないぞ。どんな姿になっても彼女は彼女だけど、魔物になるなんてもってのほかだ」
『案ずるな。白剣の所持者であれば、その身がこのような姿になることはない』
「どうしてそう言い切れる?」
『初めから、『半神の儀式』は白剣の所持者にさらなる力を与えるための儀式だからだ。……奴はそれを知っていて、それでも白剣なしで決行しおったのよ。むろん、我輩たちがその事実を知ったのは、すっかり体を醜く変体させた後だったがな。……万能感が油断を産み、自分と、それに付き従う我輩たちだけは大丈夫だろうと踏んだのだろう。だが――』
巨人は地面に落ちた瓦礫のひとつを掴むと、大きな手の中で握り込む。
パキパキと石の砕ける音が響き、手をひろげると、ぱらぱらと破片の粒が再び地へ落ちた。
『――結果はこの通り。言っておくが、人間だった頃の我輩は、決して腕の立つ戦士ではなかった。そういうのはバーバリアンの役目だったし、我輩たちは後方での魔法支援や、学識を得意としておった。……だが失敗した儀式を以ってしても、効果はこの通りよ』
「……だからって、」
それでも、やっぱり俺は……そんな儀式を、リズレッドにさせたくはない。
そう言いかけたとき、隣にすわる当人が、くすりと笑った。
「まるで君のほうが師だな、ラビ」
「え?」
「私はそんなに頼りなく見えるか? 奢った異界の人間と同じような末路を辿ると?」
「そういうわけじゃない。ただ、心配なんだ」
「気持ちは嬉しいし、ありがたい。けれど……私は、このままなにも出来ずに、君の荷物になることのほうが、よほど怖い」
彼女の言わんとしている意味がわからず、片眉を上げて応える。
「荷物って、俺はそんなことを思ったことなんて一度もないぞ。というか、それは俺のほうだろ。レベルだって知識だって技術だって、なにひとつ俺はリズレッドに勝ててないんだから」
「……それは現時点での話だよ、ラビ」
「……え?」
「君は自分が思った以上の、とんでもないスピードで成長している。一年と少し前にレベル1でこの地に召喚された君が、いまではもう30を超えている。言っておくが、その域に到達できる戦士は相当少ないんだぞ」
「そ、そうなのか?」
「訓練を受けていない一般人なら平均でレベル6。一介の戦士でレベル15程度が妥当なところだ。君はたったの一年で、その倍以上の力を備えた。まったく、驚くべき才能だよ」
「いや、それは……」
確かに、俺の現在のレベルは33。
鏡花と決闘したときは32だったが、古代図書館で探索を行なっているうちにひとつ上がっていた。
だけど、そのレベルが彼女達と同じ物差しで測れるものとは思っていない。
なぜなら俺は死ぬことがなく、安全に魔物と戦うことができるからだ。
そこら辺のゲームでも同じことだが、百時間で目的を達成してクリアできたからといって、それが現実でもできるというわけではない。
ゲームのなかの俺は寝ることも死ぬことも――そして、危険に恐怖して立ちすくむこともない。
言うなれば人間的障害をすべて取り払った状態の、最短ルートで進むからこその百時間クリアだ。
このレベル33というのも、まさしくそれだ。
まあ、あっちの世界とこっちの世界は時間の流れが完全に同じだから、睡眠だけは必要になるが。
それでも魔物の猛威に気圧されることはあれど、生存本能を刺激するほどの恐怖を感じることはない。
その差が、他のネイティブに対して突出したレベル差を生んでいるのだろう。
「……それは、俺が召喚者だからだ。言うなればズルだよ」
「それでも戦力は戦力で、凄いことに変わりはない。それに君は、トリガーという力を得て、『召喚者』という枠組みからも逸脱し始めているしな。もっともそれが、いまの私の悩みの種でもあるのだが。先ほどのように後先考えずに特攻しようとするのは、痛みを感じなかったころの名残だろうな」
「うぐ……」
「そんな君をたしなめるという意味でも、私も力を付けなくてはいけないんだ。再び同じような状況になったとき、また君を抑えられるとは限らないからな」
「俺がリズレッドの制止を無視して無茶すると?」
「おや、自覚はないのか?」
「……」
根拠を列挙するには充分なほどの功罪があるのだが、と言いたげな顔で彼女はこちらに目を向ける。
少しだけ意地悪な、茶化すような顔だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます