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「……自覚は、ある」
「よろしい。ならば、私が『精霊の儀式』を受けることに依存はないということだな」
「……本当に、大丈夫なんだろうな」
彼女にではなく、目の前に座る巨人への問いだ。
『こんな成りになった我輩がどれだけ太鼓判を押しても、意味はないじゃろうよ。……じゃが、人の域を超えなければ魔物に対抗することができないのも事実。そしてそれを見越した上で神は、人に『白剣』を与えたのだと我輩は思うておる』
「最初から人に魔物並みの力を持たせてくれれば、それで良かったんだけどな」
『……それではきっと、我輩達の二の舞になろう』
「二の舞?」
『大きすぎる力は、持つ者を怪物へと変える。もし人が魔物と拮抗する力を備えていたら……確かに魔物に泣く人々は減るじゃろうな。だがその変わり、人に泣く人々が増える。人と魔物という、姿も生き方もまるで違う種族同士が争うよりも、きっと凄惨なことになるじゃろうな。なにせ同族で、言葉も思考も共感できる者同士が殺しあうのだ』
「……大きな力を持った人は、それを制御できないと?」
『在る物は使うのが人間じゃ、小僧』
本日何度目かの『小僧』呼びだが、込もる言葉の重さは、いままでで一番重かった。
在る物は使うのが人間だと、手に入れた力や技術を、使わずにいられないのが人間だと、巨人は語る。
きっとそれはそうなんだろう。人が猿から進化して様々な歴史や技を積み重ねて、ついにはこんな、もうひとつの世界を作り出すに至った人間は、きっと――それがどんな物だろうと使ってしまう。
「神オーゼンは、いつか現れる『白剣の勇者』――人では扱いきれない力を、扱うことのできる人間に、この世界の将来を託したのか。それも自分に叛逆したドルイド族をここに封印して、導き手に据えてまで」
なんだかそれでは、まるで。
「俺の『トリガー』みたいだな」
『そういえば先ほど口論をしているときに、その名前を出しておったな』
「ああ。危険だから簡単には見せてやればいけど、お前が言ってる『精霊の儀式』と、どこか似ているんだ。――あれを使ったら、まるで自分が化物にでも変わったかのように、次から次へと悪意が押上げてきて――その変わり、力と痛みを得ることができる」
『力と――痛み?』
「俺の体は神様から貰った特別性で、どんなに傷ついても痛みは感じないし、傷は擬似的なアイコンとして赤く光るだけなんだ。だけど『トリガー』を使うと……痛覚が蘇って、傷つけば本当に血も出る。お前がさっきから言ってる、人の域を超えた存在にあるための儀式と、どこか似てないか?」
『ふむ……』
老トロールは顎に手をやると、なにやら難しい顔をして唸る。
『……やはり、我輩達が地上にいたときとは、神の側も筋書きを変えた可能性があるな。本来ならばここへは『白剣の勇者』ひとりが来るはずだったし、六典原罪も勇者が斃すべき存在だ』
「……っ」
リズレッドがその言葉を受けて苦い顔を作った。
「……情けない。そんな大義ある剣を持っていたというのに、私はアモンデルトやメフィアスを斃すどころか……自分の祖国を落とされるのを、ただ見ているしかなくて……」
『いや……そもそも、勇者が魔王を討つという筋書きならば、なぜ召喚者などという者どもをこの世界に呼ぶ必要があったのか。……こやつらが世界に喚ばれることは、我輩の時代から神が考えておった。考えてもみればおかしな話だ』
「『勇者』の役割が、二千年前とは変移してるって可能性はないか? 俺はリズレッドが、勇者として相応しくない生き方をしてきたとは思えない。剣の鍛錬も、心の修行も、見合うだけやってきてる。それはバディとして一年一緒に行動してきた俺が保証する」
『……信頼、か。……考えてもみれば……』
「考えてもみれば?」
『……いや、なんでもない。なんにせよ、ここで考えていても結果は出ないじゃろう。憶測は憶測でしかなく、真実を知るためには世界を相手に進むしかないのだからの。……この過去の遺物から出ることが叶わない我輩たちでは、できぬことじゃ』
そう言って老人トロールはおもむろに立ち上がり、重たそうに足を動かして部屋の出口へ向けて歩く。
『こんな、昔の自分たちが記した書物を皮肉めいて敷き詰めた迷宮に閉じ込められて……神オーゼンには少なからず怒りを感じていたが……お前たちに知識を託せただけ、まだマシだったんじゃろうな』
「……」
『ここにおる魔物はな、グールもトロールも……警戒装置であるマミー以外は、すべて元我輩の同胞たちだ。全員、気のいい悪党共じゃったわ。それがいつのまにか人である自覚も誇りも失い、理性も消え失せ――外も内も、ただの魔物に成り下がってしまった。だから、勇者よ』
隣の部屋から漏れる光石に照らされて、逆光となった巨人の影がリズレッドに向く。その表情にはどこか……人の姿だった頃の哀愁を思わせる、寂しい様子が浮かんでいるようだった。
『あいつらの……呪縛を解いてやってくれ。『白剣の勇者』が儀式を終えれば、我輩たちの役目も終わる。もとより理を超えて千年以上も生きながらえた命だ。それで、ようやく終いにできる』
「……ああ」
応える彼女の瞳には、懇願とも言うべきその声をしっかりと受け入れて、必ず果たすと誓うような、確かな輝きが灯っていた。
彼女には、この男の気持ちがわかるから。
かつて祖国を落とされ、それどころか愚者の根城に作り変えられた故郷を見て、彼女も同じ選択をしたから。
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