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「あなたは……確か……」
「ロズです。ロズ・ファルナス。お久しぶりです、リズレッド・ルナー様」
緊張の面持ちをしながらも、礼儀正しく頭を下げるロズ・ファルナス。リズレッドは周囲からの攻撃が彼女に危害を加えないように、十分注意を払いながら小さく頭を下げた。すると出し抜けに、ロズが手を差し向けた。
「私の《鑑定眼》なら、持ち主の名前まで判別することができます。あなたの……そしてラビ様のお力に、少しでもなりたいのです」
彼女の瞳は真剣だった。暴徒と化している両陣営の前に立つなど、たとえ荒くれ者の冒険者を相手にするギルド職員だとしても、肝を冷やす場面なのは間違いない。しかも自分のスキルによって、その天秤がどちらかに振り切れてしまうかもしれないのだ。ひとつ間違えば、すべての憎悪が自分に向けられる可能性すらある。リズレッドもそれを十分わかっているのか、彼女が広げた手のひらに、青い液体が入った小瓶を託すのを躊躇していた。
「リズレッドさん、大丈夫です。もしなにかあっても、私の癒術で治してみせます」
戸惑う彼女に、アミュレが告げた。はっとなって目を向けると、自分を守る四人が、みな同様に微笑みを向けていた。一人の殻に閉じこもろうとしたリズレッドに、気づけば全員が寄り添っていた。ネイティブも召喚者も。そしてこの街の住人であり、戦う力すらないロズも、矢面に立たされた一人のエルフを助けるために、業火のなかに身を投じてくれていた。自分一人では決して手にすることができなかった存在が、自分を包んでくれていた。そしてその全ての始まりに、彼がいることを改めて認識した。リズレッドは薄く笑みを作ると、小瓶をロズに手渡した。
「頼む、ロズ殿。このようなところで、街の人間を瓦解させるわけにはいかない。ここが陥落してしまえば、私はもう二度とラビに会えなくなってしまう気がする。あなたにどのような危害が加えられても、騎士の名において必ず守る。だから、鑑定を――」
そこまで言って、ロズはくすりと笑った。なぜ笑われたのかわからないリズレッドは、目を瞬かせた。
「リズレッド様は、素敵な方ですね。エルフなのにそんなに真剣に私のことを考えてくださって……ラビ様の気持ちも、わかる気がします」
「ラビの気持ち?」
「……この話は、いまするべきではありませんね。では、早速鑑定させていただきます」
受け取ったポーションを両手でしっかり握ると、彼女の瞳が煌めいた。《鑑定眼》を高いレベルで納めた者だけが発せられる、熟練者の光だ。
程なくして、その光は消えた。鑑定が終わったのだ。リズレッドを含む五人だけでなく、周囲全体が息を呑む感覚があった。いささかの間断を置いてロズ・ファルナスが、横にいる男に振り向く。壊れた斧を持つ、巨体の男に。
「これはやはり、キンドリュー様の物のようです。丁重にお返しいたします。壊れた武器も、後に必ずギルドから補填させていただきます。なのでどうか、この場は怒りを納めていただけないでしょうか」
かしこまった態度でポーションを返すと、再び頭を下げる。キンドリューと呼ばれた男は小瓶を受け取ると、罰の悪そうに頭を欠いた。
召喚者に対して言いたいことは山ほどあるが、この街を管轄するギルドの受付嬢に手を出せば、どのような処罰を受けるかわからない。というよりも、自慢の斧を一瞬で一刀両断したエルフの騎士が向こうにいる時点で、そもそも拳を振るったとて勝ち目などないのだ。
だが悄然とする大男とは裏腹に、周囲に民衆や召喚者は大きくうねった。
かたや、「見ろ! やっぱり俺たちの者を盗んだんじゃないか! やっぱり召喚者はコソ泥野郎だ!」
かたや、「ネイティブの女が鑑定した結果なんて信じられるか! あいかわらずコスいことばかりしやがって!」
リズレッドが矢面に立たされる事態は回避できたものの、それだけだった。衝突の原因が取り除かれない限りは、この争いは終わらない。こうなった原因――魔王軍に目を付けられ、自分たちがこのような恐怖に晒される事態を引き起こした張本人――ラビという召喚者に報いを受けさせるまでは。
目的を見失った両陣営が、落とし所を見つけられずに怒号を湧き立てる。もしこの場に彼がいれば、あるいは罪を素直に受け入れ、一人で魔王軍へ下るか、二度とこの街に近づかないといった誓約書を書いたかもしれない。傍のエルフがそれを許さないかもしれないが、意思を押し通す力を彼は持っていた。だがいまやその男はどこかへ幽閉され、影すらこの場に現すことはできない。
もはや衝突は避けられないと覚悟を決め、リズレッドは小さく息を吸い、吐いた。決断のときに彼女が行う癖のようなものだった。争いが避けられないのなら、別の方法を取るしかない。できるだけ怪我人を出さずにお互いを無力化することにリズレッドが意思を傾けた。
人を信じると決めた心で人に剣を向ける。それは彼女にとって苦渋の選択だったが、大火へと成長する前に炎を消し去ることも、ときには必要なのだと自分を押し通した。事実、それで無用の死人を出さずに終えることができた戦場がいくつもあった。もちろん、被害者も当然出たが。
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