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信じると誓ったものにひびが入り、少しずつ欠けらを落として崩れていく感覚がした。
一体自分はなにを道しるべに、この理不尽な戦いを続ければいいのか。全霊をもって放った一点集中の特攻武技の傷は、悪魔の体から跡形もなくこの世から消え去った。対して自分は予想もつかなかったスクロールの一撃をまともに脇腹に受け、中級魔法であるグレーター・ウインドスライサーが鋭い刃物のように皮膚をずたずたに切り刻んだ。
極め付けは、手を取った種族からの裏切りのこれだ。――満身創痍という言葉がこれほど似合う状況もなかった。リズレッドは己の体から流れ続ける血が、自分の意思そのもののように感じられた。騎士としての人生のなかで蓄えてきた、脅威に争う抵抗の意思が、血とともに外へ放出していくような気がした。
――そのとき、『彼』の横顔が脳裏をよぎった。
「――ああ――そうだった――」
リズレッドは唇を噛み、流れ出るものを強引に止めた。血ではなく、最も大事な信念を、これ以上無下に捨て続けるわけにはいかない。これがなくなったときが本当の終わりなのだ。人は根底にある心の原動力を失えば、もう二度と立ち上がれなくなる。折れた心は、もうなにを以ってしても修復できなくなる。
彼と再開する前に、そんな成れの果てになるのは御免だった。変わり果てた自分を見せるなど、死ぬよりも恥ずかしいことだ。
痛みで朦朧とする頭をなんとか保ち、彼女は渾身の力で再び立ち上がろうとした。
それは彼がくれた強さだった。誰かのために命をかけて戦う。それが自分にとって敵か味方かわからずとも、きっと彼なら助けてしまうだろう。まるで、自分たちとは正反対だった。エルフという歴史ある種族に生まれたことを自惚れ、過去に起きた戦争をもとに人間と袂を分け、孤独な生き方を選んでしまったエルフ。過去の自分は、まさしくそれを体現したような生き様だった。だがその寂しい人生に、新しい道を示してくれたのが彼だった。
だからこそ、ここで絶望して全てを投げ捨てるなど、してはいけない。それではあまりに申し訳がない。
この一年で彼女は、エルダーで過ごしていた頃では決して経験できなかったような出来事に何度も遭遇してきた。そしてそれは全て――ラビ・ホワイトが、孤独な道を歩んでいた自分の指にリングをはめ、手を取って世界へと連れ立ってくれたからだった。
「私は――ッ」
再び胸に灯った闘志を種火に、彼女は地に立つ。
だがメフィアスは、そんな珠玉のような感情すら欲した。
「でも、その『彼』は、一体どこまであなたのことが大切なのかしら?」
「……なに?」
悪魔の言葉に、どくんと心臓が嫌な鼓動を打った。
どくどくと漏れる血をすくい取ると、メフィアスは甘美な表情をあらわにしながら、それを舌で舐めとった。
「召喚者は痛みを感じない。だから好きなことを、その場の思いつきでいくらでも言える。そんな相手に、一体なぜそこまで信頼を置いているの?」
「――ッ! きさまには関係のないことだ――!」
「……そう、関係ないわ。手に入れたい女のために血も流せない男なんて、私には関係ない。ふふ――リズレッド、あなたに空けられた穴、とても痛かったわ。血もいっぱい出て――私はそれだけあなたを欲している。あなたが行なったすべての蛮行を赦すわ。だから、もう私の物になってしまいなさい」
メフィアスがリズレッドの頭を撫でた。最初は優しく、大切な相手に行うように、五指の腹を滑らせて、優しく撫でた。
体中の毛穴が開き、神経の全てが逃げろと緊急信号を発信するが、それが行えるほど彼女の体はもう万全ではない。
血を流しすぎていた。なんとか立ち上がる姿勢を取ったものの、愛おしむように触れられた頭上の掌が、まるで自分の全てを縛る枷のようだった。
遠方から翠光の弾が次々と撃ち放たれてきた。まるで叫ぶように、やめてと懇願するように。
だがメフィアス自身が遮蔽物となり、少ないMPで作り出したアミュレのヒールライトは、むなしく弾かれるか、悪魔を逆に回復させる結果となって終わった。
「良い僧侶を持っているようね。あそこの屋根にいる子供も、あなたの言っていた多種族の仲間かしら? ふふ、そうだわ、良いことを考えた。あなたを私の物にしたら、真っ先にあの子をあなたに殺させてあげる」
「なッ――!? ふざけるな! 私がそんな――ぁぐッ!?」
重鎮のように自分の頭を撫で伏せる腕を払おうと、渾身の力で抵抗を試みるが、それはメフィアスがほんの少し力を込めただけで、呆気なく無に帰した。
逆に地面に顔を擦り付けるまで押し付けられ、悪魔はそんな彼女に耳元にゆっくりと口を近づけると、
「ようこそリズレッド・ルナー。今日があなたの、新しい人生の始まりの日よ」
愛を囁くように呟いた。
そして白く透き通るようなリズレッドの首筋に唇を付けて、軽いキスをすると――その鋭い牙を以って、彼女の柔肌を貫いた。
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