15

 ――だが、何故だ?


 俺は突貫してくる鏡花を眼前に捉えながらも、そんな疑問が湧くのを抑えられなかった。

 勝負はまだ序盤。確かに鏡花の『疾風迅雷』は驚異の速度を誇ってはいるが、それだけで勝負が決まるものではない。戦いはまだまだこれからだ。お互いの死力はまだ先にあるはずなのに、どうしてここで勝負に出た――?


 何かの思惑があることを想定し、回避行動を取るために半歩後ろへ下がりかけたとき――ここに来る前に出会った、彼の言葉が脳裏を過ぎった。


 ――戦闘中の一手一手にも、攻撃と逃走のふたつの選択肢が存在する――。


 的確な選択を行った者だけが、戦いの勝利を掴むことができる。

 もしこれが何かの布石だとしても、牽制を無理やりこじ開けて突破してくることを選んだ鏡花に、再度距離を取ることに意味はあるのか。――いや、逆に逃げれば逃げるだけ、相手の気勢を昂めることになる。ならばここで、その出鼻を挫くのが、今の俺がするべき最善手だろう――!


 下がりかけた足を今度は前へと踏み出し、そのまま前進する足がけとした。

 こちらの決意を見てとったのか、鏡花はその瞬間、


『――やっぱりあなた、素敵ね』


 そう、確かに告げられた気がした。

 それは戦いの最中に極限の緊張が生み出した幻聴だったのかもしれない。だけど彼女の、いつもは射殺すような眼差しを向けてくる鏡花の瞳に、まるでやっと出会えた友人を見るような嬉々とした色が映り――


「――けど、もっと本当のあなたを見せて頂戴――『百花繚乱』」


 次の瞬間、特攻する鏡花から無数の煌めきが放たれた。その全てが俺の周囲を取り囲むように展開。無尽の剣閃が、まるで一本の花茎から伸びる花弁のように咲き乱れた。


「――――ッ!」


 突如現れる斬撃の華々。

 それはまさしく鏡花の奥の手だった。『百花繚乱』はALAのなかでも現状、習得することにおいて最高ランクのレアリティを冠しているスキルだ。誰から継承できるのかも、それを発生させる条件も全て不明。黄金級のプレイヤーであるレイナ・クラウン――別名『荊冠の女王』だけが唯一その実在を証する幻のスキルだ。それを、まさか鏡花が。


 瞬時に全展開される、その名の通り百の剣閃。それが同時に対象を襲う『百花繚乱』は、必殺の二文字を称するのに相応しい武技だ。


「ラビッ!」


 そのとき、後方から声が響く。振り向かずとももわかる。それは俺の師匠で、俺の勝利を誰よりも確信してくれている人――リズレッドの声だった。

 その声が示す意思がなんであるかは、瞬時に理解できた。この三日間で彼女から何度も繰り返し受けた助言が、脳裏に蘇る。


 彼女は対鏡花との模擬戦の最中に、鏡花は奥の手を隠している可能性があることを示唆していた。

 そしてもしそれが武技である場合は、その剣筋をよく見て、記憶しろ、と言ってのけたのだ。


 ――なんという無茶ぶりだろう。

 初見の攻撃を寸分違わず記憶しろと、彼女は平然とそう言ったのだ。


 それからの訓練は、主にリズレッドが繰り出す一定の規則性がある神速の剣舞を、全て瞬時にいなす訓練に費やした。


 ――だから、だろうか。


「――――っ!?」


 鏡花が咲かせた花弁の花々が、どの位置にどのタイミングで開花するのかが、うっすらとだが把握できた。

 目で追うというより、感覚が次にどれを弾けば良いのか教えてくれた。


 本来ならば無残にも百花の大輪に襲われ、ずたずたに引き裂かれた者が浮かべるべき表情。その驚愕の顔はいま、全く逆の結果へと至った。すなわち、


「全て――弾いた――――っ!?」


 今日初めて見せる、鏡花の愕然とした双眸。


「――いや、全てじゃない。何発かは躱した」

「な……っ!?」


 最早口から出る言葉すら思いつかないといった様子で、『百花繚乱』を打ち終わった鏡花はただ呆然と太刀を下に構えた状態で静止した。いわゆる残心。必殺に値する武技に時折織り込まれている、次の所作へ移るための、瞬きする時間程度の間隙かんげき。その弛緩を見逃すことなく、俺は熱刃の大剣を鏡花へと振り下ろし――


「――――くッ!?」


 その手を、直前で止めた。いや、振り下ろすことができなかった。

 自らの死を悟り、唖然とした表情で光刃を見上げる彼女――それはなんのことはなく、ひとりのただの女性だった。プレイヤーキラーだとか、ここは仮想の世界だとか、そんな理屈は関係なく、俺がいま一刀両断に体を二分しようとした相手は、見間違えることもなくひとりの人間で――そんな鏡花を、ましてやバディであるフィリオの前で惨殺するなんて、どうしてもできなかった。


「……やはり、君は人を斬れない、か」


 遠巻きでその光景を見ていたリズレッドが、どこか安心したようにそう呟くと、右手を挙げて戦いの終了を告げる。


「ふたりともそこまで! ……本当に良くやったふたりとも。だがラビのいまの一撃を以って、決着と判断させてもらう。これ以上の続行は無意味だ」

「リズレッド? でも俺は、鏡花にとどめの一撃を……」

「君が人を斬れないことは、なんとなく察しがついていた。だから主審を買って出たとき、勝敗を分かつ一撃が入った時点で、勝負の判断を下すつもりだったのだ。ラビ、君は本当に良くやった。斬りはしなかったが、先ほどの一振りは確実に鏡花の命に届いた。本来、決闘とはこういった形で終幕するものだ。無限の命を持つ君たちにとってはどちらかが死ぬまでやらねば歯切れが悪いかもしれないが、どちらかが死ぬまで戦う決闘など、そこの幼子の前で見せる訳にもいかぬだろう」

「…………ああ、そうだな」

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