05

 その返答に思わず言葉を詰まらせた。何故なら、彼女の言動からはリズレッドを『人』として捉えている様子が、探る必要もなくはっきりと理解できたからだ。一年間プレイしたプレイヤーは、少なからずネイティブにそういう感情を抱いているのではないかと仮説は立てていたが、いま、目の前でそれを実証された気分だった。


「……あれ? 私、何か変なこと言った?」


 おし黙る俺に不安を抱いたのか、彼女は頬を掻きながら訊いてきた。

 俺は慌てて手を振って答えた。


「いや、そんなことないよ。ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい」


 初めてプレイヤーの中から、価値観を共有できる仲間を見つけられた気がして嬉しかった。クラウドもメアリーに対して同じ価値観を持っているとは思うのだが、なにせ現実で会ったことがないから、実感が湧かなかったのだ。

 麻奈はそんな俺を横に腕組みをして、ロビーの天井を仰ぎ見ながら難しい顔をして言った。


「うーん、でも、話だけ聞いてると詰んでるよね。ログインした途端に一斉にモンスターに群がられて、毒攻撃で身動き取れなくなるんでしょ? エグいよね」

「……そうなんだよなあ。一匹一匹の中毒率は高くないんだけど、なにせ数がなあ」


 思い出して、体が震えた。何千という子蜘蛛に群がられて、身動きがとれないままかじられて殺されていく様を、ただ眺めるしかできない苦痛。完璧なリアリティを持つALAの世界で行われるそれは、一生頭に残るような鮮烈なものだった。女の子の麻奈ならば、PTSDすら発症するかもしれない。


 しばらく二人で考え込むが、そんな状況でも空腹は感じ、腹が鳴る前に近くの自販機まで歩くと、適当に糖分を吸収できるものを身つくろい、ミルクティーのボタンを押した。昨日、胃に入れた補給食を吐き戻したのと、頭を使ったことで異様に甘い物が飲みたくなったのだ。


 ボードに決算画面を表示させ、自販機の光学スキャンにかざしてクレジットを支払うと、中からアルミ缶が無造作に受け口へ放り出された。次いで、ピピピという音が鳴った。何事かと見やると、機械に備え付けられた液晶画面にスロットが映り、ぐるぐるとリールを回転させていた。昨今では珍しい、当たり付きの自販機だったのだ。勢いよく回転する数字たちが左から次々に停止していき、そして、


「……あ、当たった」


 ぴったりと三つ並んだ7を見て、横から顔を出して覗き込んだ麻奈が呟いた。スロット付きの自販機でさえ珍しいのに、さらに当たりを引くとは思わず、たった二百円のジュースながら、なんとも特をした気分になった。乱雑な音を響かせながら、受け口にもう一つ白いアルミ缶が投入された。それを取り出すと、二つのうち一つを彼女に差し出す。


「え、いいの?」

「さすがにこんなに甘いの、二つは飲めないって」

「やった! これで今日の昼食代が浮いたよ」

「……お前……いや、なんでもない」


 こいつの食生活は一体どうなっているのだろうか。他人のことを心配するほどこちらも立派なものは食べていないが、流石に心配になる。

 再び俺たちはソファに戻ると、プルタブを開けて牛乳と程よく溶けあった紅茶の味を楽しんだ。といっても、飲むのは俺一人で、麻奈は缶を脇に置いて、あとから飲むようだった。先ほどトマトジュースも飲んでいたし、当たり前といえば当たり前か。


 丁度よく脳に糖分が回り始め、思考が走りやすくなったのを確認すると、目下の問題を解決するための糸口を探った。難問として立ちはだかる壁を、飲みこむ紅茶をエネルギーにしてドリルを回転させ、少しずつ掘削していくような感覚だった。


 だが結局、三五〇ミリリットルの容積に詰まった燃料をすべて空にしても、打開案は浮かばなかった。麻奈も色々とアイディアを出してくれたのだが、どれも突破口とはなりそうもなく、お互いに腕を組んで唸る始末だ。


「くそ……こうしている間にも、リズレッドにどんな危険が及んでるか……」

「リズレッドさんは、逃したんじゃないの?」

「……とりあえずはな。だけど、俺は魔王軍の一員に手を出したんだ。しかもクリスタルを破壊できるなんていう、特別な役割を与えられた奴をだ。となると、魔王はウィスフェンドに調査隊を送る可能性が高いだろ」

「なるほど、街にいても危険なのは変わりない、か。……うーん、でもリズレッドさんって、相当強いんでしょ? 大丈夫、そんな簡単にやられたりしないよ」


 焦る俺を諌めるように言う麻奈。


「……そうだな、焦っても仕方ないよな」


 正直、隣に彼女がいてくれて良かった。一人だったら出ない解決策に痺れを切らせて、また闇雲にログインして、子蜘蛛のエネルギーになっていたかもしれない。いや、そういえば深夜にログインした際にペナルティを課せられたから、どうやっても今日一日はALAへ飛べないのか。


 そう考えると少しだけ心に余裕ができ、俺はソファに背をもたれかけながら、空になった思考のエネルギー源――ミルクティーを宙で振った。ただ漠然とそれを眺めつつ、特に気もなく呟く。


「エネルギー……子蜘蛛……」


 そこで、はっとなった。

 暗闇のなかに、突然一筋の雷光じみた光が走るような感覚だった。

 

 背もたれから勢いよく上体を起こし、目の前にあるアルミ缶と、彼女に渡したもう一本を交互に見返して、それが間違いないことを確信した。


「……そうか……わかったぞ」


 突然起き上がって目を見開く俺に、麻奈が虚を突かれたように声を上げた。


「へ? わかったって?」

「突破口だ。奴らの監獄を抜け出す、解決策を思いついたんだ」

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