04
◇
――時は遡り、一週間前。
「おはよう翔クン。とりあえずこれ飲みなよ。どうせ昨日も、廃プレイ決めてたんでしょ?」
そう言ってつんつんと楽しそうに唇にストローを当てる宝条麻奈。
俺はどう対応すれば良いかわからず、しどろもどろになった。すると彼女はピンクバイオレットに染めた髪を揺らしながら、ぷっと息を漏らしたあと、けたけたと笑い始めた。
「あっはは! その反応、いいね! 翔クンって女の子から可愛がられる系でしょ?」
「なっ、なんだよいきなり! いきなりこんなことされれば、誰だってこなるだろ!?」
自分でも顔が真っ赤になっているのがわかり、その自覚がさらに高揚に赤みを足した。急いでソファを立って距離を取ると、彼女はトマトジュースから伸びるストローを自分の口につけ、残りを飲み干した。ずぞぞ、と音を立てて最後の一滴まで吸い上げると、再びこちらを見て、言った。
「いやー、でも良かった良かった。なんだか死んだように眠ってるし、起きたあとも顔が真っ青だったから、心配してたんだよね、本当に」
紙パックを折りたたみながらそう告げられ、少しばかり心が痛んだ。いつ起きるかわからない人の隣で、ずっと待ち続けてくれたのだと思うと、無碍に拒絶するのも大人気なかったかもしれないと思ったからだ。逡巡としながら謝罪しようとしたとき、
「ま、もう大丈夫そうだし、安心したよ。なんたっていまは逆に顔が真っ赤だもんねー、くくく」
「うるさいな!?」
……やはり謝罪の言葉はいらないようだ。どうも彼女自身も、それは望んでいないようだった。あくまでも気易い友達であり、礼も謝罪も一切必要ないという態度が、彼女からはありありと見て取れた。
俺はもう一度ソファに戻ると、腰を下げて、彼女から一人分スペースを空けて座った。なにがおかしいのか、こちらを見て不敵に笑みを浮かべる麻奈。
確かに心配して見ていてくれたのはありがたいが、この様子を見ていると無性になにか言い返したくなり、反撃の一手はないかと探った。
「麻奈こそこんな時間にギルドにいるなんて、人のこと言えないだろ」
深夜に熟睡したとはいえ、ボードを見れば時刻はまだ七時になったばかりで、熱心なプレイヤーでなければまだ自宅でベッドの上にいる時間だった。今日が平日ということを考えれば、もしかすると大学には行かず、全休オフでプレイするつもりかもしれない。
「エデンに一番乗りするためには、これくらいやらないとねー」
だが彼女はそんな皮肉に対して、この程度は当たり前だという態度で返答してきた。少し面食らいながら、俺は訊いた。
「へえ、本気でエデンを目指してるんだな」
「え? 翔クンは違うの?」
「いや、俺は目指してるけど、その……理由が特殊というか、なんというか」
言い淀んで言葉を濁す。それに対して、麻奈は不思議そうに眉根を寄せて首を傾げた。
「煮え切らないなぁ。ほらほら、話してみなよ」
茶化すような口調だが、それが真意から来ているのが感じ取れた。
宝条麻奈は、良くも悪くも普通の人とは感性が違うような気がした。だがそれでも、俺はリズレッドとの一件を話すべきかどうか悩んだ。普通の相手にだったら、まず打ち明けることはない。この世界の人間にとって、ネイティブはALAというゲームに配置されたNPCでしかなく、過度に肩入れするような発言は、不要ないざこざを生むからだ。だが目の前で告白を待つ彼女ならあるいは……。
こうして思案している間にも、彼女はカラーコンタクトを入れて真紅に色づいた瞳を、逸らすことなくこちらに向け続けている。そこで新たな思案が湧いた。この八方塞がりの状況で、誰かに今までの経緯を話すことで、改めて突破口に気づくことができるかもしれないと思ったのだ。俺は意を決して訊いた。
「……少し長くなると思うけど、いいか?」
「おっけー、どうせ今日は大学は行く気なかったし、じゃんじゃん話してよ」
……やっぱり行く気なかったのか。
あっけらかんと告げる彼女に乾いた笑いを送りながら、俺は一年前から始まった、一人のエルフとの旅を話し始めた。
マズロー大森原で出会い、エルダーを解放するために戦ったこと。そしてエデンへと到達し、賞金でエルフの国を再建すると誓ったこと。この一年で様々な地域を渡り歩き、様々なネイティブに出会ったこと。無論、全てを細かく話すのではなく、かいつまんだ説明にしたが、それでも短くはない時間を要した。
その間、麻奈は時折相槌を打ちながら、熱心に話を聞いてくれていた。そして最後に、昨日なにが起こったのかを話すと、俺たちの間に沈黙が降りた。
彼女はずっと無言でこちらを見続けていた。やはりこんな話を聞かされても、当人としては困るだけだったのかもしれない。気まずい気持ちでギルドのロビーに視線を泳がせていると、
「リズレッドさんに、早く会わなくちゃね」
麻奈はそう言って、励ますように笑った。
先ほどまでの悪戯めいた笑みではなく、純粋に応援している感じだった。
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