03

「……ふっ、革命からまだ十年しか経っていないというのに、お前はすっかり領主がサマになったな、フランキスカ」

「私だってできればお前のようにまた、髪を短く刈り上げて、荒くれどもの大将をしたいさ。だがいまは、元貴族荒くれどもの相手をしなくちゃいけなくてな」


 こんな邪魔な髪、いつでも切り落としてやりたいといった風にガシガシと荒っぽく掻き上げるフランキスカを見て、バッハルードはふっと笑った。長く続いたアルカス家が統治する都市を解放して十年。自分がこの部屋でその当主であったグラヒエロ・アルカスを捕らえたのが、つい昨日のように思えた。


「エルダー神国を失い、屋台骨が消えた諸邦領主たちが、息巻いておるわ。どこの連中も自分が統治する邦を新たな主権国にしようと、躍起になってやがる」

「その状況で、召還者の問題にいつまでも足を引っ張られているわけにいかない……か」

「うむ。だが女神アスタリアが招いた賓客でもある彼らを、無碍に扱うこともできない。全く、ウィスフェンドはオーゼン教の国だぞ」

「だが女神アスタリアと神オーゼンは、兄妹だろう? だったら、召還者を庇護するのも、神の想いに沿う行いだと俺は思うが」

「……ラビとかいう召還者が、まさかここまで波乱を呼ぶとはな」

「……」


 頭をかかえながら言うフランキスカに対し、バッハルードは目を細めて考え込んだ。

 一週間前に自分が下したクエストを果たした青年。あのときはまさか、本当にロックイーターを討伐するとは思わなかった。ていの良い厄介払いくらいに考えていたのだが、悪夢を終わらせるほどの力を持っていたとは。

 気づけば彼の口元には、その白髪の青年への興味から薄く笑みすら浮かんでいた。バッハルードはそれを打ちはらうようにテーブルに置かれたコーヒーを口に運んだ。


「? どうした、やけに静かになったじゃないか」

「……いや、なんでもない。いずれにせよ、召還者たちについてはひとまず保留にしておくべきだろう。対外諸邦との対立以前に、俺たちはいま、都市存続の危機に晒されている。ひとまずは、迫ってくる魔物荒くれどもをなんとかするのが先だ」

「まあな。だが私は、もし召還者がこの街の人間に危害を加えるというのなら、徹底的に叩く。ドルイドとバーバリアンが共に造り上げたウィスフェンドを、外から来た連中に好き勝手にやらせるわけにはいかねえからな」


 二人は意見を示し合わせると、果たして目下の問題である魔物との戦闘について話を移した。

 彼らが相手取るのは、ただの徒党を組んだ魔物ではなかった。何千年前から人類と共に生まれ、互いの生存を賭けて争い合ってきた魔王とその配下たち――魔王軍――が、続々とウィスフェンド近郊へと集まり、戦火を上げているのだ。


 ロックイーター討伐命令を彼に命じたバッハルードが、苦い顔をした。まさか五十年前の魔物が、魔王軍とつながりがあるなど思ってもいなかった。だが、彼が討伐を命令し、あの白髪の男がそれを果たした日から、この城塞都市を取り巻く状況は大きく変わっていった。


 魔王軍の一派であったという事実を知らなかったとしても、相手を倒したことは事実である。当初は諸手を上げて五十年前の悪夢が消えたことに喝采を上げたウィスフェンドの民たちだったが、それは新たに始まる闘争の前触れにすぎなかった。二日後、突如として信じられないほどの怪物の大軍が都市に近づきつつあるという報せを受けたのだ。領主であるフランキスカは、ただちに兵士を送り、情報の真偽を調べさせた。結果は黒であり、反対勢力を滅ぼすかの如く集結した怪物たちに、彼らは連日対応に追われていた。


「……情報を聞いたときは、流石に唖然としたぜ。一万を超える魔物が、この都市に迫っているってんだからな」

「しかも、倒したはずのロックイーターまで確認されたのだろう?」

「ああ。だが奴の死骸は確かに確認した。しかも二体で、そのうち一体は不気味な人型に変化してやがったがな。……つまり、ロックイーターは単一種ではなく、複数種だということだ」

「……これはまだ噂の域を出ないが、奴は神石を破壊する能力も秘めているという話もある。そうなれば……」

「……神への信仰心にすら魔を差しかねない、か」


 再び思い沈黙が流れた。誰でも一度は経験する『神託』という奇跡と、絶対に破壊されることのない不滅の象徴たる神石。この二つを以ってして、人々は神オーゼンと女神アスタリアへの信仰を確固たるものにしているのだ。だがその一つがいま、その役目を脅かされようとしている。都市の存続という領域を超えた、人類が信じてきた拠り所そのものの危機だった。


「……その噂が本当だとしても嘘だとしても、一般大衆に広く知れ渡れば、人の中から魔王へと降る者たちの数が一気に増すだろう。それだけは避けないとならん」

「……ああ。名前を持つ人間が人の身から魔物に堕落すれば、自動的にネームドモンスターとなるからな。あんなものはそうそう生まれては手に余る」


 更ける夜の中で、屈強な男たちは山積みにされた問題に対して、溜め息をついて解決への糸口を探り始める。すべては人の世と、城塞都市の未来のために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る