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《妹の名前は弔花といいます》


 その名前を見た瞬間、ずっと引っかかっていた疑問がかき消えた。

 鏡花と弔花。二つの名を見た瞬間、俺はぞくりと身が震えるのを感じた。


《まさか、『血濡れの姉妹』の鏡花と弔花!?》


 驚嘆の思いとともに問いかけるその言葉に、鏡花は、


《あら、今頃気づいたんですこと?》


 さらりとそう応えた。

『血濡れの姉妹』。ALA内でも有名な、実の姉妹二人だけで構成されたクラン名だ。俺はよりによってこの二人が囚人仲間かという気持ちになり、思わず頭を抱えた。

 血濡れの姉妹の鏡花と弔花。物騒な名前だが、その行いは正しくそれを体現している。彼女たちはとにかく戦いが好きなのだ。自分たちと戦う意思を持つ者ならネイティブでもモンスターでも召喚者でも、誰でも標的とされる。その上厄介なのが、そこに勝ち負けの勘定を挟まないということだった。


 ゲームなのだから何度死んだって良いじゃありませんか。いえ、むしろ死ぬことを愉しみましょうよ。


 半年前に『グランドール騎士団』というクランを二人で相手取った際に、鏡花が言い放った言葉だ。

 彼女たちは生粋の狂気殺人者ではない。だが、それが育つ種を持つ人間のようだった。潜在的に秘められた支配したいという欲求が、枷のないALAの世界で芽吹き、爆発したタイプのプレイヤーだった。まるでレオナスの女性版とでも言うべき相手である。


 俺はそこで、本当に彼女たちと協力しても良いのか自問した。

 ネイティブの命を奪ったことはないと公言はしているらしいが、今までの蛮行から考えて、どれだけ信じられるかは疑わしいものがある。


 いや、たとえネイティブに手を出していないとしても、素行に問題がありすぎる。

 彼女たちから血の匂いを感じぬ噂を聞いたことはない。魔物の四肢を切断したあと、流れ出る血に愉悦の表情を浮かべながらゆっくりいたぶって殺すのが趣味だとか、PVPが発生した際にはアイテムロストを条件にし、ずたずたに相手を切り刻んだあとで、再び自分たちが殺した相手の前に現れるのだという。そして奪った大切なものを、目の前で壊すのが好きなのだとも聞いたことがある。正直、よく現実で日常生活を送れるものだと感心してしまうほど、彼女たちの奇行は上げれば枚挙にいとまがない。


 だがそれだけの行いを押し通すからには、相当のレベルを有しているのも事実だった。

 グランドール騎士団は当時、十人程度の構成数で平均が12だったとSNSで読んだ記憶がある。それを二人で壊滅させたというのだから、今ならばもしかするとレベル30を超えているかもしれない。


 戦力的には申し分ないが、人間性に問題がありすぎる。というのが率直な感想だった。

 鏡花は俺の無言に何かを察したのか、


《あら、急に黙ってしまって、どうしたんですか? まさかここまできて、作戦から私を外すなどとは仰いませんわよね?》


 鋭いナイフのようなメッセージを投げ込んできた。

 なるほど、PVPではないが、俺はすでに彼女の戦場の上に立っているのだ。彼女が遊び場に戻れるかどうかの瀬戸際という戦場に。

 確かにここまできて参加を拒否すれば、どのような報復が待っているかわからない。考えすぎだとは思うが、リアルの住所を突き止めて凶文を送りつけてくるぐらいは平気でしそうである。俺は話題を逸らすことにした。


《……作戦決行の日時に関心があるみたいだけど、何か理由でもあるのか?》

《時間がありませんのよ、妹には》

《……弔花に?》

《ええ。ロックイーターに襲撃されて以来、妙に気落ちしてしまいまして、このままではALAを辞めるとまで言い出しかねませんわ。そうなる前に、あの監獄から抜け出す必要があるのです。そうすれば弔花の心も上向くかもしれない》

《ああ……あの部屋に囚われたら、女の子ならそうなるよなあ》

《……その発言、聞き捨てなりませんわね。弔花はそんなヤワな心は持っていません。『血濡れの姉妹』リーダーの私が、それだけは保証しましょう》

《そんなもの保証されても困るんだが……まあいいや。それで、何か心当たりはあるのか? 弔花が落ち込む心当たりは?》

《……わかりませんの。今まで私と弔花は、どんなときでも一緒でした。考えることも、感じることも。少し引っ込み思案で自傷好きなところがありますが、血を見るのが大好きな、自慢の妹です。それにどうしようない絶望的な状況に立たされたことも、今回が初めてではありません。もうご存知だと思いますが、グランドール騎騎士団を皆殺しにしたときも、決行危うい戦いでしたのよ。それなのに今回に限って、なぜあんなに……》

《……ええと、色々とツッコミ所が多くて困惑してるんだが、一ついいか? 自傷気味っていうのは?》

《妹は俗に言うところのマゾ気質なんですの。他人から傷つけられるのに、一種の興奮を覚えるんですのよ》

《覚えるんですのよって、それはそれで問題があるんじゃないか? 監獄云々の前に》

《あら、人間なんて大きく分ければ、サドかマゾかのどちらかですのよ? ちなみに私はサドです。誰かを傷つけるのに性的興奮を覚える人種ですわ》

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