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ずっと頭を抱えていた問題の、ごく単純な解決方法を閃いたときの快感に似ていた。
そうだ、全てをねじ伏せてしまえばよかったんだ。
問題となるものを全て、論理的解決ではなく暴力的解決で。
俺は神じゃないんだ。理路整然とした答えなんて出せないし、そもそも、力で相手を圧倒するのは、こいつも望んだ生き方じゃないか。
体が張り裂けそうなほどの大量の力が、一気に全身へと注がれるのがわかった。
『疾風迅雷』とは比べ物にならないほどの上昇感だ。それも速さ以外の全ての能力を含んだ数値と……そして、奥底に眠っていた負の感情が。
激動のまま剣を抜いた。
それはもう剣とは呼べないような代物となっていた。
『トリガー』の力で増幅された力が光刃にも影響を与え、いまやこれが剣の形を成しているとも言えない。
強いて言えば、ミノタウロスが使っていた棍棒に最も近いかもしれない。
技巧も意匠もなく、相手を殴り殺すためだけに特化した暴力の塊だ。
「……はは、ははっ」
それが自分の手の内にあることが、この上なく気分を高揚させた。
「そんなに相手を支配したいなら――俺が支配しテやる、レオナス」
言うのと同時に振り抜いた凶器が、レオナスの総身を強かに殴り抜いた。
あいつはあっさりと攻撃を受けた。
なにかのフェイントかと思ったが、そうではなかった。
「……っガ、フ」
投擲のように吹き飛んだあと、床を数回跳ねたあとに壁に叩きつけられたレオナスが血を吐いて喘いだ。
それはどう見ても演技ではなかったし、油断を誘うためにわざと受けたという風でもなかった。
そうか、これが。
これが俺とリズレッドで作り上げた、技の威力だったのか。
儀式の奇跡を身に降ろした相手だろうと関係ない。
武技と魔法の同時使用という『断罪セシ者』の特性によって生み出した、この技の真の威力がこれなんだ。
ありがとうリズレッド。
おかげで俺は、こいつを殺せる。
「クソ……なんなんだあいつ、急に力を上げやがった……ゲホッ、ホ、ッ……」
「なんだレオナス……まだ随分喋れるんだな」
「直撃の瞬間に『金城鉄壁』を使った。間に合わなかったら死んでたとこだ」
「俺に殺されたかったんだろう?」
「……」
完全に先手を打ったと思ったが、どうやら直前で防御策を取られていたらしい。
死を前にして閃く本能の緊急回避。これも『トリガー』を手に入れして、本物の痛みをトレースした召喚士の特性か
『ラビ……お主、それは……!?』
「離れてろ」
短く言い捨てて離れた距離を詰める。
白爺には悪いが、単純に邪魔だった。
せっかくこれから、こいつを痛めつけることができるんだ。誰にも止められず、
……もしそれでも邪魔をするというのなら、こいつも。
「……ぐっ!? 違う、違う……! そうじゃないだろう、ラビ!」
頭を振って、一瞬湧いた思考を振り払った。
なんのためにこの力を使ったのかを忘れるな。誰のために戦っているのかを。
じゃないと俺は……あの迷宮の主と同じ、孤独の王となる。
「白爺……俺から、離れていテくれ……!」
だけど、誰かが近くにいると、それを破壊したくて仕方がなかった。
自分以外の全てが破壊対象だった。人に備わっている原始的な暴力の衝動が何十倍にも膨らみ、俺を一体の獣へと変えようとしていた。
頭は新たな感情に侵食されるようにズキズキと痛み、いまにも自分が、負の波に押し流されそうなほどの激流にさらされている感覚は強まる一方だ。
これを伏ぐことは不可能だ。本能は、人の心に必ず存在するものだから。
ならそうなる前に、あいつを殺そう。
人を殺してもなんとも思わない悪魔を――獣となった俺が、殺してやろう。
「
お互い、人外の力を得た者同士だ。
たっぷりと愉しむには、この地下奥深くは最適な場所だろう。
変貌を見てとったレオナスが、明らかに不機嫌な顔になった。
「……気に入らねえ。普段は草食動物みたいな顔しておいて、いざ王手をかけられると途端にこれだ」
レオナスは吹き飛んだ先から身を起こすと、負傷した右腕をひきずりながら毒付いた。
「お前は草を食って満足してる側の人間だろうが。大して美味くもねェその辺の雑草を食んで満足してりゃいいんだ。オレはそんな生き方はしてこなかった。いままでずっと、他人の肉を食って生きてきた。それがこの土壇場で、ちょっとキレたからって『自分も肉食動物です』みたいなツラされたら、たまったもんじゃねえんだよ」
片腕を負傷して勝機の低い戦いの場に、奴は憤りを隠しもせず舞い戻ってきた。
だったら思い知らせてやろう。草食動物でも、肉食動物を場合によっては殺すことがあるってことを。
互いが距離を詰めるため驀進し、大きく間取された儀式の間を一瞬で駆け抜ける。
祭壇の階段直下の、部屋の中央へ向かって。
瞬きする暇もないほどの間断さで、俺たちは再び合間見えた。
互いの相貌がよく見えた。どちらもきっと、本能をむき出しにした顔をしているんだろう。
自分の信条を妨げる相手に対する、明確な殺意を発散させた顔を。
渾身の力を込めて光刃を振り抜いたが、奴は両手を床について屈むと、低姿勢となってそれを回避した。
躱された。この位置で。この力をもってして。
「いくら質量がねえからって、いまのそいつはデカすぎんだよ」
自分の上空を灼熱の鈍器が通過したことを確認したレオナスが、吐き捨てるように告げた。
次いで奴の両腕に力が込められた。
本能が警戒信号を発したのと、胸部に強い衝撃を感じたのだ同時だった。
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