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だがそれが、結果的に望んだ方向へ転がることもある。

 リズレッドは彼女の言葉に対して、重々しげに応えた。


「……ここで君とパーティを解散するのなら、一人でもリムルガンドでラビを探す。そう言いたいのか?」

「はい。私もラビさんを助けたい気持ちは一緒ですから。もしリズレッドさんが、上の立場の方からここに残れと言われたら、どうします?」


 疑問系の問いかけだったが、そこに選択の余地はなかった。騎士道において上の命令は絶対である。だがそれでも今の自分なら、それを拒んでラビを助けに向かうだろう。それ以外の答えが見つからず、目の前の少女を止める術を自分は持っていないのだと、リズレッドは遅れて理解した。


 二人の間に緊張の糸が走る。

 しかしそれを、テーブルを囲む残されたメンバーが、あっけなく切断した。


「っていうか、私は最初からリズレッドさんもアミュレちゃんも加える気だよ? なんで喧嘩してんの?」


 天板の中央に置かれたお茶菓子をひとつ口に放り込みながら、きょとんとした顔でマナはそう告げた。


「マナ……! それでは話が違うぞ!」

「いや、私返事してないし。それに、アミュレちゃん一人で外に行かせちゃっていいの? 私がここに来る間も、物騒な連中を結構見たよ。召喚者は何度も甦れるから問題ないけど、彼女はちょっとヤバいんじゃないかな?」

「……それは……しかし……」

「大丈夫だって。それに実は私たちって、結構相性良いと思うんだよねー」


 マナはそう言って鞄に手をかざすと、なにもない宙から杖が光子と共に忽然と現れた。何度見ても目を疑う光景だった。召喚者全体がこの世界に転移したときから持たされるその鞄は、女神アスタリアによって与えられた、奇跡の宝具といっても良いだろう。もっとも、彼女たちはその有り難みをいまいちわかっていないようだが。


 杖は紫一色に染められて、歪んだ形をしていた。禍々しい異様の先端には真っ赤な宝玉が取り付けられており、それが一層、杖の異質さを引き立たせている。マナはそれを手に立ち上がると、手のひらを上にした状態で片手を掲げた。リズレッドとアミュレが視線を集めると、突然、拳ほどの大きさの炎が燃え上がった。二人は突然のことに目を見開く。マナはそれを確認すると、握り潰すようにしてその炎を鎮火させた。


「こう見えても私、魔導師なんだ」


 自らの職を、さも当然のように明かす。

 彼女なりのバディを隠していたことへの詫びと、信頼の印だった。

 リズレッドもそれを察した。そして、先ほど述べられた『相性が良い』という言葉の意味も。


「なるほど……確かに君が魔導師なら、前衛の私、後衛のマナ、回復のアミュレが揃うわけだ」

「そういうこと。ね? 私とリズレッドさんの二人でパーティを組むよりも、断然安心だと思わない? しかも、アミュレちゃんが一人でどっかをぶらぶらしちゃうこともないしさ」


 そう言いつつ、マナはリズレッドに近づくと、顔を思い切り近づけながら、試すような口調で告げた。


「それに、二人くらい自分の目下で護ってみなよ。騎士サマ」

「……ッ」


 それは彼女の信念ロールを、巧妙にくすぐる言葉だった。

 この短い時間で相手の譲れない主張を、マナは的確に見抜いていた。


 息をのみつつ、リズレッドは思考した。

 目の前の召喚者が己を挑発していることはわかっていた。だがそれでも、提案は的を射たものだった。魔術師は殲滅力を見返りに防御を犠牲にした職業だ。平時ならまだしも、魔王軍が接近しつつあるリムルガンドで、万全の体制で護衛を勤められるかと考えたとき、リズレッドには確信がなかった。


 そもそも今日あったばかりの人間とタッグを組み、安全に外の世界を歩けるなどという保証はどこにもない。しかもラビの位置を探りながら移動するということは、移動速度も遅くなり、注意力も散漫になるのは避けられない。そうなったとき、回復役が一人でもいてくれると、天地ほど作戦成功の率が上がる。


 観念しろと言いたげにこちらを見つめる召還者から思わず視線を逸らすと、今度は横にいたアミュレと目があった。

 少女からは先ほど見せていた冷えた笑みが消え去っており、代わりに捧げ待つ信徒のような眼差しで、一心にリズレッドを見ていた。


「……お願いします、リズレッドさん」


 それがとどめとなった。

 リズレッドは大きく息を吸うと、無条件降伏した兵士のように力なく吐き出した。

 二人の攻撃についに白旗を上げた彼女は、両手を上に持ち上げながら、吐き捨てるように言った。


「――ああもう! 負けだよ私の! 全く、一人で憎まれ役を買うなんてごめんだ。実はお前たち、裏で事前に示し合わせていたのではないだろうな」


 言い捨てるように毒づく彼女に、マナとアミュレは視線を合わせると、お互いの勝利を讃えるように、にこっと笑った。

 リズレッドは天井を仰ぎ見た。このときほど、この場にラビがいて欲しいと願ったことはなかった。

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