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 このときほどリズレッドがいて欲しいと願ったことはなかった。


 麻奈がウィスフェンド入りを果たした日、ログアウト後すぐに二人と接触したことが報告された。そのとき、リズレッドとアミュレが今回の作戦に参加することを告げられ、魔物の動きが活発化している状況を知らされていた俺は、一抹の不安を抱えた。だが麻奈は自身ありげに「任せなさいって」と告げ、とても楽しそうに今後のパーティプレイについて考えているようだった。


 俺もリズレッドが承認したということは、決して無謀な策ではないのだろうと思い、それ以上口を挟むのを止めた。なにより、ボードの画面から流れる彼女の言葉には喜の感情が浮き出ており、まるで初めてパーティを組んだかのようで、それ以上なにも言えなくなったのだ。


 そしてそれから四日が経った現在、実にALAで監獄に囚われて十日が過ぎた夜の日、俺はこのときほどリズレッドが隣にいて欲しいと願うことはなかったという自体に直面していた。


 問題は、仲間を集うために書き込んだ、巨大BBSだった。


 狭いアパートの一室で、ベッドに腰掛けながらボードをスライドさせた。

 スレッドの最上、一レス目には、ラビ・ホワイトという投稿者名とともに、今回の事件のあらましと、アラクネの巣から脱出したい旨を明記した。

 そしてそれを行うには、一緒に捕まった囚人たちの協力が不可欠であり、かつプレイヤーネームの共有が前段階で必要だということも。


 最初の書き込みから十日が経ち、そろそろ共感する仲間が現れてくれないかと願ったが、残念ながら今だにそれらしい返信はゼロだった。

 代わりにあるのは、ラビという名前に反応して書き込まれた、個人的な恨みつらみだ。というのも、どうやらリズレッドはプレイヤーの間ではかなり人気があるらしく、彼女とバディとなった俺は、実は裏で相当な扱いを受けていたらしいのだ。


 一体、リズレッドがどこでそのような人気を獲得していたのかと思い返せば、確かにサービス開始直後、まだシューノに拠点を置いていたときに、彼女を取り巻く集団に何度か出くわしていたのを思い出した。

 無論、人嫌いのリズレッドがそんな人混みの中心に立たされて、心情穏やかなわけがない。召喚者といえど、キャラメイクに人以外の種族を選ぶことができないので、召喚者は例外なく人族という形でALAに降り立つのだ。無用ないざこざに発展する前にと、強引に彼女の手を取って集団から助けることも多々あったので、もしかしたらそのときに悪評が広まったのかもしれない。


《俺のほうが先に目を付けてたのにかすめ取っていったクソドロ野郎》

《つーかゲームの世界まで女と一緒にいるってキモくね? なにしにゲームしてんだよ》

《はいブーメラン》

《バディを組めなかったからって嫉妬すんなよそんなんだからどっちの世界でもモテねんだよ》


 俺個人への批判なら、放っておけばそのうち収まるだろうと高を括っていたのだが、いつの間にか罵声が罵声を呼び、もはや終着点がどこなのかわからぬ議論が延々と繰り替えされる有様となっていた。


 ……どうでもいいけど、人の立てたスレッドで明後日の討論を発生させるのはやめて欲しい。

 もしこの場にリズレッドがいれば、このあらぬ疑いを晴らす言葉をアドバイスしてもらえたのではないかと思い、隣に彼女がいないのを呪った。


「あいつの『黙れ』は迫力があったなあ」


 正直、リズレッドは人を拒むエルフの中でも特にその傾向が強いらしく、その二文字以外の言葉を取り巻きにかけている姿を見たことがなかった。アミュレくらいコミュニケーション能力が高ければ話は別なのだろうが、あれは本人の持って生まれたものも含まれてそうだからなあ。


 俺はボードの画面をスライドさせ、十日前に初めて書き込みを行なったメッセージまで遡った。そこから順に、何かの情報を見落としている可能性もあるので、返信された内容に再び目を通していった。


 ラビという名前を出して貼り付けられた最初ののメッセージに対して、当初はなりすましと判断したユーザーたちは面白半分の返信を行うか、無視、もしくは特的の個人を偽っての書き込みを行うことへの犯罪行為の注意など、様々な反応を見せていた。


 その中に目当てである一緒に囚われている囚人たちからの書き込みは一切なかったが、その程度は想定内だった。最初から無用人に信用されるなど思ってはいなかったし、ここが最初の正念場だと覚悟もしていた。俺は小出しに自分しか知らないであろう情報を提示していき、己が本物のラビである証拠を並べていった。


 ウィスフェンド周辺は中レベル帯に属するエリアで、まだ流入する召喚者が少ない。リムルガンドに拠点を置いていたプレイヤーが、十日前に忽然と連絡が取れなくなったという情報は、ネットの中でも緩やかに情報が広まっているようだった。

 口伝する人の少なさもさることながら、伝達速度に遅れが発生している原因は、その内容にあった。ALAは現実世界と限りなく似せて作られており、オブジェクトの大半は壊すことができる。ネイティブが所有する小物から、大規模な建物――そして人さえも。

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